AI Context: 小説/1章/
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=== FILE: 小説/1章/001_プロローグ === 両親は自分のせいで死んだ。 現実感のない、モヤのかかった頭で、フィオは集落だった場所をただ見つめていた。 雨の中でも漂う焦げた不快な匂いと、ぬるい泥の感触だけが生々しい。 激しい雨と落雷の音があたりを飛び交う中、正面から抱き着くようにしている妹──アルマの嗚咽だけがはっきりと聞こえる。 「少年!もういくわよ!」 声をかけられ他方へ振り向くと白い鎧の人と馬がいて、手振りで荷台を示している。 声はうまく聞き取れないが、乗れということだろう。 なかなか離れようとしないアルマを支えながら荷台に上がろうとするが、泥に取られてよろけてしまう。 しびれを切らした鎧の腕に押されて倒れ込むように荷台へ上がる。 「揺れも激しいけど...、まぁ我慢しなさい。レガン市まで二刻ほどよ、荷台にしがみついてて」 板にたたきつけられた肩が痛む。 ドロドロに汚れた自身の体を起こし、服をつかむアルマの背中をさすりながら荷台の背後を見るが、もう集落はない。 もう、なにも、ないのだ。すべては自分のせいで失ってしまったのだ。 何がおこったのかは全く分かっていない...。ただ、集落の大人達、突然やってきた鎧の人たちから激しく浴びせられる怒号のおかげで、自分が何かをしてしまって、それが原因でなにかが起きたこと、そのあとに大勢の人が死んでしまったということはわかった。 ぼーっとした頭でぐるぐると考え込むが、すぐに固い荷台が跳ねる衝撃で現実に引き戻される。 アルマも同じようにビクッと反応するが、声を出すのも疲れてきたのだろう、少し抱き着く力も緩んでいる。 「おかあさん...、おとうさん......」 「...アルマ...」 アルマの背中に再び手を置き、お母さんがよく歌ってくれた子守唄を歌いながら背中をさすり続けていると、ほどなくしてアルマは気絶したように眠りについた。 「...ごめん、ごめんね......アルマ...」 ◇ フィオの家は街道沿いの集落で小さな宿をしている。山と海に挟まれた街道は交通の要所にもなっており、定期的に商隊が利用しに立ち寄る。宿屋をしている家はこの集落では珍しくない。両隣の家も宿屋で、フィオの家はごく平凡な家庭だ。 両親は優しく強い人たちだった。母はすごい魔法使いらしく、集落の誰よりも強かった。怒るとそれはもう恐ろしいのだが、理不尽なことで怒られたことは一度もなかったので、フィオとアルマも母を苦手に思うことはなかった。一方で父は魔力の弱い男性の中でも特に弱いらしく、ほとんど魔力を使えない。それでも多くの男性のように卑屈になるでもなく、必要以上にへりくだり服従するでもなく、いつも自信にあふれていて、この世に父にできないことなど何もなかった。フィオたちが母に怒られすぎないように時折かばってくれたり、怒られた意味を優しく教えてくれるのだった。平凡かもしれないが、兄妹にとって特別な両親だった。 「でね、それでね、パパがね――」 今日も母と何気ない会話をしている中で父の話題になった。父の話が出るといつのまにかノロケ話に変わるため、もうフィオたち兄妹も聞き飽きた。まだ6歳のフィオとアルマにとってそういう話には興味もわかない。話がいつもの流れに変わると、また始まったとばかりに妹はそっぽを向いて体を揺らし、うずうずとし始める。 「...早く外いこ、お兄ちゃん」 「うん」 朝の宿の手伝いは済ませたので、夕方くらいまでは外で遊べる。母の話を話半分で打ち切り、妹と外へと駆けだす。 今日もそんな日のはずだった。普段とそう変わりない日常。 この集落には様々な人が出入りする。宿に泊まる人が少ない時は村の広場で遊べるのだが、今日はいくつもの馬車や白い鎧を着た団体が村にいるのが見えたため、おとなしく森へと向かい、アルマや他の子とかくれんぼをして遊ぶ。 フィオたちは時間も忘れて遊んでいたが次第に夕方になり夜の気配が近づいてきた。村の近くとはいえ、夜の森は危険だ。家に帰ろうとした。 その時、ズンッ...と強い揺れが起きる。思わず地面に手をつくほどの揺れだった。揺れは一瞬でおさまったものの、集落が心配だったため、帰り道を急ぐ。 広場についたフィオたちを待っていたのは慌てている大人達と鎧の人達。息を切らして駆けてきたフィオたちを見た大人は、それぞれがいぶかしむ目を向けた後にすぐに驚愕の表情へと変わる。 困惑の声が広がる中、次第に怒号が混じり始める。ほどなくして大柄の女性がズンズンと歩み出てきた。集落の長だ。 「...お前っ...、なぜ...なぜお連れしたっ!!!」 全員が萎縮するような大声の叱責。 それと一緒に強いビンタを食らい、小柄なフィオは後ろへ飛ばされるように尻もちをつく。 「「きゃぁあぁああぁあ!!」」 「お前のせいだっ!!お前のせいでっ!!!」 アルマたちの悲鳴が響く中、長は他の大人に抑えられながらもフィオをものすごい形相でにらみつける。 フィオは突然のことにおびえながら長の方を見ていると、その背後にこちらへ走ってくる両親の姿が見えた。 「お、おかあさ...」 「フィ...フィオ...!?」 「フィオ...、お前は...」 フィオたちを見て顔面蒼白になって動けない母の代わりに、父は長と鎧の人に対して地面を頭にこすりつける。 「...うちの息子が、申し訳ございません...。このお詫びはなんとでも...」 「当たり前だ!!!この落とし前をどうつける気だ!!!」 長は先ほどまでフィオに向けていた憎悪の目線を父へと向けて、怒鳴りつけている。 父は何も言わずに頭を上げて震える声で絞り出した。 「...私たちの命をつかって...、時間を稼ぎます。皆様が逃げるだけの時間を...、作ります。子供たちは...まだ幼いのです...どうか...」 それがフィオが見た父と母の最後の姿だった。 フィオはその直後に大人たちに拘束され、音も光も入らない地下の倉庫へ放り込まれた。 「おとうさんっ!!!おかあさんっ!!!」 どれだけ叫んでもだれも返事をしてくれない。次第にフィオは叫ぶのも疲れた。 その後、どれくらいの時間が経ったか分からない。 暗く静かな室内に、ときおり地鳴りのような揺れが伝わってくる。雨や雷の音もかすかに聞こえる。これほど地下まで響くということは、外は嵐に違いない。 しばらく静かな時間を過ごして少し冷えた頭で考える。幼いフィオでも、時折感じる地面の揺れから今なにかとんでもないことが起きていることが分かる。それがもしかすると自分のせいかもしれないこと、それの責任をフィオの代わりに両親がとっていることは察していた。 (いったい...なにがおこってるんだろう...?僕はなにをしてしまったの...?...おとうさんは...おかあさんは...?無事なんだろうか...?アルマはどうなったんだろう...?) 心の中の問い。だれにも届くことはない。自身で必死に答えを探ろうとするがなにも分からない。今日は、いつもと違うことは一つだけあった。だがそれもフィオにとってそう珍しいことでもなかった。 眠ろうにもこんな状況では眠れず、フィオは延々と考え込む。 「.........お兄ちゃぁぁん......!!」 何も答えが見つからないまま気力が尽きようとしていたとき、扉の向こうからアルマの叫ぶ声が響いた。 「お兄ちゃぁぁん!!!!...どこぉ!!!返事して、....お兄ちゃぁあぁあん!!!!」 「...、アルマっ!!?」 「お兄ちゃん!!」 アルマはフィオの声を聞くと、扉へ駆け寄る。 アルマは手が震えているのだろうか、扉の落とし棒を外すのに苦労しているようだ。ガチャガチャと必要以上に音を立てていたが、ほどなくして勢いよく扉が開いた。 「アルマ!...外は、おとうさんたちはどうなっ――」 「お兄ちゃぁぁん!!!お兄ちゃぁあぁあん!!!!」 アルマが飛び込むようにフィオに抱き着く。妹の泣き叫ぶ声を耳元で聞いた瞬間、フィオは冷静ではいられなくなった。 そのあとはハッキリとは覚えていない。焦げた不快な匂いを感じながら地下から外へ出たフィオが目にしたのは、夜を引き裂く雷雨、大きく抉られた山、時折雷に照らされる茶色く濁った海、何もかもが焼けた集落だった。 ◇ アルマから両親を奪ってしまったのはきっと自分だ。自分がしたなにかのせいで、アルマはフィオしか頼る存在がいなくなってしまった。 天涯孤独となった二人を守ってくれる大人はもういない。 (アルマを...これから僕だけで守っていけるのかな...どうすればいいの?...おとうさん、おかあさん...) 汗と泥にまみれたフィオを朝日が照らしはじめる。 (...ごめんなさい...ごめんなさい...) 想像よりもずっと強い力で自分をつかむアルマの手を見る。同い年だと言うのに自分よりもずっと小さな手を見た時にフィオの決意が固まる。 (......アルマだけは、...これから何があっても僕が守らなければならない...もう、アルマには僕しかいないんだ...) フィオは、アルマの背中にまわした手に力を込めて、今度こそ目を閉じる。 長い夜が終わり、朝日に照らされる中、二人は揺れる荷台でつかの間の眠りについた。 ――物語は1年後、レガン市から始まる。 === FILE: 小説/1章/002_秋口のレガン市 === 今は夏の終わり。窓から見えるレガン市の大きな池の周りには金色の水草が笹穂を揺らしており、鮮やかな色とりどりのトンボが集まっている。 フィオは床に敷いていたシーツをきれいに畳んで、踏まれない位置にしっかりとしまってから小部屋を出た。 今日は日曜学校だ。ここにきてから、日曜の朝はアルマと教会へ行くようにしている。 1月ほど経ったので4回ほど通っているが、祈りの内容などはまだ全然わからない。まぁ、あまり意識して覚えようとも思っていない。お菓子が目当てで行くのだ。 トントンと階段を下りて一階へと向かう。一階は酒場になっており、アルマと二人で上の階の掃除用具入れの小部屋を寝床として借りさせてもらってるのだった。 酒場に降りるとアルマが玄関から外を眺めているのが見えた。まぶしそうに目を細めてじっとしている。 「アルマ、おはよう。教会に行こっか」 「...うん」 僕はアルマに手を差し出し、アルマはしっかりと手を握る。 あの日からアルマはあまりしゃべらなくなった。そして、僕と手をつながないと外を歩けなくなった。 二人で教会への道を歩く。 「今日はどんなお菓子がもらえるかな?」 「...」 「トンボが飛んでるよ、秋だね」 「...」 こちらからたくさん話しかけるが、アルマからの返事はない。でもアルマは僕を拒絶しているのではないことは分かっている。 一度、話題を振られるのが辛いのかと思って何も話しかけなかった日があった。僕もいろいろあって心が限界だった。朝仕事に行って、夜帰ってきてからも一言もしゃべらず、床のシーツに頭までくるまって寝ようとしたところでわんわんと泣いてしまって大変だった。 アルマを守ると誓ったのに――。 兄なのに妹を泣かせてしまったことにひどく後悔して、朝までアルマに話しかけ続けた。やがてアルマが寝たのはもう夜も開けそうな薄明るい空。そのあと仕事に支障をきたさないように急いで寝たが、仕事には遅れてしまいひどく怒られた...なんてこともあった。 「アルマ、もうちょっとで教会だよ」 この坂を上ると教会だ。ふと見ると、教会までの荷だろうか。牛が重そうに荷台を引いて、後ろからおばさんが荷台を両手で支えながら坂を上っているのが見えた。 アルマの手を引きながら歩いていたものの、その様子が危なっかしくて見てられなかったので荷台を支えるおばさんに近寄る。 「お手伝いしましょうか?」 「ハァハァ...、助かるよ、ありがとう――ってアンタ男かい!そんなことさせらんないよ」 まぁそういう反応が来るだろうなと思っていたのでフィオは黙っておばさんの隣に並ぶと一緒に荷台を押し始める。アルマは気を利かせて手から服のすそへとつかむ対象を変えていた。 「あっ、もう...。はぁ~、ごめんね、情けないおばさんと牛で...。こんな小さい男の子に助けてもらったなんて近所に見られたら笑われちまうよ」 「えっと...嫌な気分にさせてますか?」 「違う違う!きみは悪くないよ、おばさんがもっと鍛えないとね!さぁ、誰かに見られる前にさっさと登っちまうよ!」 フィオの力が加わったことと、おばさん自身も気合が入ったのか先ほどまでよりも速いスピードで一行はぐんぐんと坂を上っていく。 「その子はアンタの妹かい?」 「はぁ...はぁ...、はい、そうです」 ちょっと押すのを手伝っただけなのにもう息がたえだえだ。おばさんはそんなフィオの様子を見て笑う。 おばさんは力いっぱい荷台を押しながらもアルマの方に顔を向けて話しかける。 「アンタのお兄ちゃんはいい男だね!こりゃ将来モテて大変だよ!」 「...」 アルマは相変わらず表情が読み取りづらかったが、ふんっと息を鳴らしていた。満足そうに見える。 「...ごめんなさい、この子は...はぁっ...、この町に来てから、人と話すのが苦手になってしまって...」 「あーそうかい?こっちこそすまないね。大丈夫だよ、怒らないでくれ。アンタのお兄ちゃんをとりゃしないよ」 アルマはおばさんへ向き直りコクりとうなづいたあとフィオの背中を押し始める。 「おやおや、アンタまで手伝ってくれるのかい、ありがとうね」 3人で押す荷台はずっと速く坂を登り、教会の前までついた。 「手伝ってくれてありがとうね!」 「はぁっ...、はぁっ...、いえ...、はぁっ...」 返事も上手くできないほど疲れた。 「あぁ、これ。やるよ。取っときな」 そういうとおばさんは小瓶を一つ渡してくれる。 「えっと...、これは?」 「香油だよ。アンタ、見た感じちゃんと風呂にも入れてないだろう?」 「えっ...」 「あとはい、これ。小遣いもやるから浴場に行っといで。せっかくのイケメンなんだ。磨かないと損だよ。妹ちゃんの分もあげるから。二人で浴場に行ってきな。香油は風呂上がりに使うもんだけど...風呂に入れないときとかにもさ、ちょっと塗っときな。上手にごまかすんだよ」 (あ、あー......僕......今、...臭いのか。いや、二人で掃除用具入れに一カ月も泊まってたんだから当然だよね...!でも、僕はともかくアルマはもしかしたらずっと我慢していたのかもしれない。これからは毎日体を拭くようにしないと......) 「あ、ありがとうございます...!」 「大丈夫、大丈夫!本当に助かったよ」 本当に何でもないようにおばさんはガハハと笑っている。 「それじゃあね、もう少し大きくなったらウチへ婿においで」 香油をじーっと見ていたアルマだったが、その言葉でおばさんを睨みつける。 「おお、こわ、おばさんは退散しますよっと」 荷台を引く牛を引きながらおばさんは教会の裏手へと消えていった。 「...僕たちも、教会にはいろっか」 「...」 アルマは無言でコクりとうなづく。 (仕方がない、今日は教会のみんなには匂いは我慢してもらおう...) 少なくとも今知りたくなかった事実を胸に抱えて汗だくのフィオとアルマは教会へ入る。 その前に、もらった香油をちょっと塗った。 ◇ 教会では大人たちが礼拝をしている間、子供たちは勉強を教わることができる。 基本は読み書き計算とかだが、いろんなことを教えてくれる。今は歴史だ。アルマは席に着くやいなや隣で寝始めた。 「...以降140年にわたりこの王朝は栄華を極めましたが、当時の王であったラトリテレーゼ5世が城に訪れた宣教師の教えを無視し、あまつさえ国から追放したことによって国中に疫病が広まります。そしてラトリテレーゼ5世が疫病によって死去したことに端を発して、国を三分割する大きな内乱へとつながります...」 自慢するわけではないのだが、宿の手伝いをずっとしていたこともあり、日曜学校で教わるくらいの読み書き計算なら簡単にできる。そういった授業はフィオからすると退屈でしかたがない。なので意外とこの歴史の授業は好きなのだった。旅の人から聞いてた話と若干違うところがあるのもフィオの興味をくすぐるのだ。 日曜学校が午前中で終わると、待ちに待ったお菓子の時間がやってくる。 アルマはいつの間にか目を覚まして準備万端のようだ。僕もアルマもどちらかというと勉強よりもこれが目当てで通っている。貴重な甘味を摂取できる一週間で唯一の機会だ。 授業を教えてくれたシスターが奥に戻るのと入れ替わりにブラザーが出てくる。 トレイにいっぱいの干しブドウ入り黒パンを持って出てきたブラザーに、子供たちは大歓声だ。アルマもこの時ばかりは目をらんらんと輝かせてトレイの上のパンを見つめているのだった。 ブラザーは室内を周りながらパンを子供たちに配り始める。十分な数があるためほとんどの子供は我先にと群がったりはしない。数人がブラザー――パンのもとへかけていくが、フィオとアルマは大人しく席で待つのだった。 やがてトレイを持ってブラザーがフィオのもとへやってきた。 「おや、フィオ君。これはトルトレイアの香りですか?」 「えっあっはい。今日はちょっと」 いつも臭くてすみません、とは言いづらかった。さすがに羞恥心が勝った。それよりもまだ4回しか来ていないのにすでに名前を憶えられていることにも驚いた。 「教会にも咲いていますよ、トルトレイア。好きですか?」 「...さきほどお礼にと、香油をもらいまして...。興味があったので使ってみました」 「それは。善き行いを積まれたのですね。そんなフィオ君に良く似合う、とても素敵な香りですよ。私の父も好きな香りでした。――今日をとてもいい気分にさせてくれたので、フィオ君にはもう一つパンをさしあげましょう」 「ずるい!」 「善行を積みなさい。善い行いには、それに見合った施しが与えられるものですからね」 最初に駆けて行った女の子から抗議の声が上がるが、ブラザーはピシャっと言い放つと再度パンを配り始める。アルマは既に自分の分を食べきったようだったので、追加でもらった分のパンはアルマと分けた。 === FILE: 小説/1章/003_手紙 === 「ああ、そうだ。フィオ君」 パンを配り終えたブラザーがトレイを置きに戻った後、もう一度フィオのもとへやってきた。 「シスターがお呼びでしたのであとで一緒に行きましょう」 「...?はい」 なんだろうか?雰囲気から怒られる感じではなさそうではあるが、一カ月前のこともあり、なにかまずいことをやったのかな...?と不安になった。 ◇ 日曜学校の最後のお祈りを済ませると、ブラザーと一緒に廊下を歩く。アルマも一緒だ。 「あの、僕なにか...?」 「ん?いえ、あなたに手紙が届いているそうですよ。教会あてに届いていたので、シスターが読んでくださり...。あぁでもフィオ君は読み書きが得意でしたね?読み上げは必要なかったですかね」 (手紙...?一体誰から??) ほどなく目的の扉へとたどり着く。ブラザーが扉をノックし、返事ののちに扉を開ける。そこは本や古い巻物が寄せられた棚と、簡素な机が一つあるだけの狭い部屋だった。日曜学校のざわめきは扉の向こうに残り、こちらは静けさのある部屋である。 「シスタービアンシュ。フィオ君を連れてきましたよ」 「ああ、ブラスさん。ありがとう」 眼鏡をかけたシスターが手元のスクロールから目を離し、指先をスイっと振ると、部屋の隅にあった山積みのワゴンの上から緑色の封蝋が付いた手紙がブラザーのもとへ飛んでくる。 「では、フィオ君。こちらを」 封蝋には翼の生えた靴の印象が施されている。手紙の差出人の署名は―――… 「おかあさんっ...!!!!?」 フィオ以外の3人がビクッとしてフィオを見る。 「...大声を出さないように」 シスターだ。 「ご、ごめんなさい」 謝りつつも、はやる気持ちをこらえきれず封蝋をパキッと折り、封筒を開けて中の手紙を取り出す。中には手紙が一枚だけで、それ以外には何も入っていない。 「読み上げましょうか?」 「いえ、読めます。大丈夫です」 ――おかあさんの字だ。目頭の奥が一瞬で熱くなる。内容よりもまず、おかあさんが生きているということがうれしくてフィオは涙があふれた。 震える指でしっかりと手紙を握り、内容に目を通し始める。 ― フィオへ お手紙を出すのが遅くなってごめんなさい。 私とお父さんは無事...とは言い切れませんが、生きています。 あなたたちがレガン市にいると知って筆をとりました。 取り乱さないで読んでほしいのだけれど、お父さんはあの時に出てきた大魔にさらわれました。他にも多くの男たちが同じように囚われているようです。 私は大魔を追い、可能であれば全員を救い出すつもりで動いています。王国にはこのことを知らせていません。あなたも知っている通り、私はあなたたちが生まれる前は魔術ギルドの仕事をしていたので、旧知の伝手を頼って動けるだけ動いています。 あの日、あなたがしたことについて。 あなたはたぶん、泣いている女の子と遊んであげただけだったのでしょう。それがどんな結果になるかは知らずに。これから先、あなたはその行動が正しかったのか自分に問い続けることになるかもしれませんね。 それでも、お母さんは母としてあなたに伝えます。男の子なのに泣いている女の子を助けてあげたあなたを、私は本当に誇りに思っています。 お父さんのことは、心配しないでください。私が助け出して、必ず大魔をすり潰します。300年前に王都を焼き尽くした大災害クラスの魔物であろうが関係ありません。必ずです。 アルマのことは、あまり心配していません。あの子はあれで賢く、したたかな子です。お母さんが生きていること、お父さんは私が必ず助け出すこと。それだけは伝えておいてください。 ただ、あなたにはまだ教えていないことがたくさんあります。それだけが今は心残りです。いいですか、女は蛇です。世の女というものは、時に恐ろしく、時に狡猾に、あなたの想像の及ばない振る舞いをします。あなたのような、あまりにもかわいい子は、一瞬で心も体も掻き回されてしまうでしょう。お母さんは心配しています!特に女の子に優しいあなたは格好の獲物です!あなた3人分くらい…… (スペースが足りないのか字がだんだん小さくなっており、ここからは潰れて読めない。紙面の端にかかれた最後のフレーズだけが、かろうじで読めた) 愛を込めて、 お母さんより ― (本当に、おかあさんだ...) 全く疑っていたわけではないのだが、自分の言いたいことがある時に話が止まらなくなるところが完全におかあさんだった。 フィオは涙が止まらなかった。声も上げずに泣いていた。 生きている。 フィオのせいで死んだと思っていた両親は、生きている。フィオが抱えていた孤独感や静かな絶望が溶け、幸せな気持ちがあふれる。 アルマは読み書きが苦手なため、隣で一緒に手紙に目を通してはいたが、内容までは分かっていなかったようだ。 「うっ....ぐぅっ....ふっ、...ふぅっ...!」 はやくこのことをアルマに伝えたいのに、声がうまく出せない。呼吸がしづらい。 「...お、お兄ちゃんっ、...大丈夫、大丈夫だよ、落ち着いて...!」 アルマに背中を支えてもらいながら、必死に伝える。 「アルマ、アルマぁ...」 「...うん、うん。大丈夫だよ」 いつもと逆転したようだ。頼りのないお兄ちゃんでごめん。 「...おかっ、おかあさん、生きてたよ...!...おとうさんも、生きてるって...!おかあさんが絶対に助けるってぇ...!」 フィオは言葉にならない嗚咽をこぼしながらも、何度も何度も「生きてる」と口にした。 アルマはそのたびに「うん」と短くうなずき、泣いている兄の手を小さく握り返していた。 やがてフィオの呼吸が少しずつ落ち着いてきたころ、アルマは兄の胸に顔をうずめながら小さな声で言った。 「……よかったね、お兄ちゃん」 「...うん、ありがとう、アルマ」 ――パンっと手を叩く音でハッとする。 「...まぁあの。続きはあなたたちのお家で、ね...?」 シスターは手を叩いたポーズのまま苦笑いを浮かべていたが、その目にはどこか安堵と慈しみの色があった。ブラザーは嬉しそうにニコニコとしている。 ブラザーはしばし様子を見た後、片膝を地面についてフィオたちと目線の高さを合わせる。 「フィオ君。きみはとても勤勉であり、善行を率先して行う、とてもよくできた少年です。光の神は隠れた行いにこそ光を当てて見てくださっているものです。これからも絶えず善行を積みなさい。それが、きみのこれからの道を明るく照らす光となるでしょう」 フィオはもうちょっとだけ、その部屋で泣く時間をもらった。 ◇ 陽はすでに傾き、教会の坂を朱く染めていた。 「あなたの行く末を光が照らしますように」 シスターとブラザーに見送られて教会を後にする。 来た時とおなじように私とお兄ちゃんは手をつなぎ、二人でゆっくりと坂を下る。 お兄ちゃんはいつもよりも機嫌がよさそうで、一カ月前までのこどもっぽい姿が戻ってきたようだった。 ――あのあと、廊下に出てすぐ、お兄ちゃんが手紙の内容を読み聞かせてくれた。お兄ちゃんはもう泣き止んでいたけど、ひどい鼻声で聞きづらかった。 正直言うと、まぁ母さんは心のどこかで生きていそうだよなとは思っていた。あの時は気が動転していて、母さんも父さんも死んだとばかり思っていたが、あの母さんが魔物なんかにやられて死ぬわけがない。父さんに関しても母さんが近くにいて、むざむざと父さんを見殺しになんかするわけがない。 私は、この一カ月、お兄ちゃんがお兄ちゃんでなくなっていくことのほうがずっと怖かった。 お兄ちゃんはずっと自分を責め続けた。両親のこと、集落のこと、国の偉い人たちからも責められ続けて、私の責任まで自分一人で背負って。 どうすればいいのかわからなかった。―きっと母さんたちは生きてるよ―なんて、そんな無責任な言葉は死んでも口にできなかった。 気づけば私はお兄ちゃんから離れることができなくなった。どこかへ行ってしまいそうな気がして。私が捨てられることを心配していたのではない。お兄ちゃんが自分の命を諦めるような気がしてたまらなかった。 優しくて儚げなお兄ちゃんは、...繊細ではないものの...、こう、そういう雰囲気があるのだ。香油の香りのような。気づいたら消えている。 結局、私は兄に頼りきりの無責任な妹になることでしかお兄ちゃんをつなぎとめることができなかった。お兄ちゃんの負担には目をつぶって。 それが全部、母さんの手紙一つで。全部解決した。お兄ちゃんの心は持ち直した。 ...心底悔しかった。 そばにいる私は何の力になった? 掃除用具入れの埃と変わらない。いや、迷惑をかけていないぶん、埃のほうがましだ。 私がやっていたことは結局お兄ちゃんの重荷になることだけだった。 (母さんは、私を“したたかで賢い”って書いてたみたいだけど) 私は...卑怯者だ。 胸の奥が、ぐつぐつと煮えるように熱くなる。 悔しさと、自己嫌悪、いろいろなものが混じっている。 いままで自分に向けていたものとは違う、強い怒りが胸に宿る。 (……もう、頼りきりの妹ではいられない…) (私がお兄ちゃんを守る) アルマは、全身の血がすごい速さで巡りはじめたような感覚を覚える。 異様に冴えわたる頭で、カチリ、カチリと、これからのことを一つずつ考え始めた。 === FILE: 小説/1章/004_うーん === 「うーん...」 (お金が足りないよ...) フィオは新たな問題に直面していた。 ◇ 3日前、アルマとおかあさんの手紙をみたあと、アルマは下宿の掃除道具入れにこもって外へ出なくなった。 「おーい、アルマ?」 声をかけても上の空。ひつじ雲でも見ているのだろうか?かれこれずっと窓から空を眺めている。 今までは仕事の時以外はどこへでもついてくるようにしてたのに。まぁ何らかの心境の変化でもあったのだろう。 (おかあさんはアルマのことあまり心配してないって書いてたけど、それですねた?...ふっ、まだまだ子供だなぁ) 手紙で号泣していた自分のことは棚上げである。 「アルマ、お兄ちゃんが――」 「ちょっともう、うるさい!黙ってて!」 アルマにもかつての母と同じような恐怖を感じたフィオは、そそくさとでかけるのだった。 ◇ 市庁舎にやってきた。 入口のおじさんに目的を告げ、奥のカウンターへ通してもらう。 フィオは職探しに来たのだ。レガン市で2人でこれから―少なくとも母が大魔をやっつけるまで―生きていく必要がある。 これまでは露天商や近所の酒場で日雇いで働かせてもらったりしていたのだが、どこから噂されたのか、フィオのあのことがじわじわと広まるにつれ、断られることが増えてきているのだった。 できればちゃんとした雇い主の元、ちゃんとした仕事にありつくことが、今日の目的だ。 「あ、あぁ~、これは、厳しいねぇ...」 カウンターのおじさんは葦のペンでトントンと眉間を叩き唸っている。 「ダメ、でしょうか...?あの、実家では宿の手伝いもしていたので読み書き計算も得意です!」 「う~ん」 おじさんは困ったようにしばし目を閉じた後、ハッキリと言い放つ。 「能力的な問題ではなく。雇用主への紹介は難しい、かな」 フィオも今の状況からどこかへの就職が厳しいことはうすうす分かってはいた。 困った様子のフィオに、おじさんなりの解決策を教えてくれる。 「...仕事、といえるかは微妙だけど。市が主導するボランティア活動への参加とそれに対する見返り、という形なら少しお給金を出すこともできるよ」 「報酬と仕事の内容を教えていただけますかっ!?」 「あ、あぁ。いろいろあるんだけど、割と高額で毎日やっているものだと...路地清掃などがおススメだね。正午から日暮れまで好きな時間で。上限が15リルね」 (...たった、15リル...) 現在の主食のキャベツが大体24リルであるため、2日分の賃金でキャベツ一玉という具合になる。いくら何でもギリギリ過ぎる。 「...もうちょっと、いい仕事を探します。また来ます」 「えぇ、まぁ無駄だと思うけど...頑張って。...コホン、あなたの行く末を光が照らしますように」 フィオは掲示板などもくまなくチェックはしたが、結局すべて“紹介状必須”や“正規身分証明書の提示”といった文字に行き着き、虚しくなった。 結局何も収穫を得ないまま市庁舎から出たのであった。 (あ、キャベツ...) 仕事はなくとも腹は減る。 「まいど!」 二人のなけなしの生活費から露店のおじさんに24リルを払う。もう貯金の残りも100リルを切っている。 フィオは大きく溜息をついた。 ◇ 「ただいま~」 「あっおかえり、おにいちゃん」 「うわぁ、びっくりした...!」 アルマから普通に返事がもらえるのなんてそれこそ一カ月ぶりぐらいだった。レガン市へ来てからというものの、ふさぎこんでいるかぼーっとしている時しかなかったので。 「...失礼だね?」 「いや、まぁ元気になったのならよかったよ!驚いちゃってごめん」 アルマは何か言いたそうにもじもじとしている。目線をそらして口を開いては閉じ、開いては閉じ、なにかを逡巡している様子だった。 「...とりあえずご飯、作ってくるね。待ってて」 「あ、待って。私も行く」 二人で部屋から出て一階へ。この時間はストーブ代わりにしているパン焼き窯に火だけが入っている状態なので、小さな手鍋を借りて、丸椅子に乗り、パン焼き窯の上でお湯を作る。 「アルマ。お塩ちょうだい」 塩の小袋―ここへ来て一週間ほど経った頃、あまりにも味気ない食事に同情した女将さんが分けてくれた―から、ひとつまみだけお湯に入れて、先ほど買ってきたキャベツの葉を剥いてお湯に入れていく。 これでキャベツがくたっとしたらフィオ特製のキャベツスープの出来上がりだ。 久しぶりにアルマとちゃんと話せた気がして、つい嬉しくなって、いつもより葉をたくさん入れてしまった。 「あのね、お兄ちゃん」 「?」 「私、学校へ行こうと思うの」 アルマの唐突な告白にびっくりした。びっくりしすぎて鍋を落としそうになった。もちろん驚いたのは内容に対してだ。 「...えっと...、アルマ...。部屋で、ゆっくり聞かせてくれる?」 「うん、聞いてほしい」 (...、...アルマが...学校?勉強嫌いのアルマが...?それに、今こんな貯蓄で学校になんてとても...) フィオの頭の中で様々な計算がぐるぐると動き、冷汗が止まらない。あれにもお金、これにもお金。さっきキャベツの葉を多く入れたことに早くも後悔し始めたフィオである。 大きな木彫りの器を借りて、震える手でスープを鍋から移す。一滴も無駄にならないように丁寧に。手鍋がこんなに重く感じるのは初めてである。 「お兄ちゃん、大丈夫?」 アルマに心配されながらもスプーンを二つ借りて、部屋へと戻る。スープの入った大皿はアルマが持ってくれた。 ◇ 「で、あのね。学校の話なんだけど...」 「うん」 お兄ちゃんは私の話に動揺していたが、まずは聞いてくれるようだ。 「考えたんだけど、このままじゃ私もお兄ちゃんもまともな仕事につけない」 1からすべてを説明する。頭のいいお兄ちゃんなら、きっと分かってくれる。 「私は読み書き計算が苦手。帳簿とかを管理する能力もないし、誰ともすぐトラブルになるから普通の仕事だとよくてクビ、ひどいともっとやばいことになるかもしれない」 「いや、そんなことは...」 「あの母さんの娘だよ?」 「あっ、うん...」 よし、まずはここまでOK。 「次にお兄ちゃん、お兄ちゃんが今の身分のままだと、二人が生きていくだけのお金を稼ぎ続けるのは難しいって、分かるよね?」 「...」 お兄ちゃんはスープの器を見ながらゆっくりとうなづいた。 ...苦しい...、しかしここは二人の未来のためにもハッキリとさせなくてはならない。 「二人とも、この体のままじゃいられない。大きくなっていったときに、キャベツスープだけじゃ生きていけない」 「...ごめ――」 「違う、謝ってほしいんじゃないの。話、続けるね?」 謝りそうになったお兄ちゃんを手で制し、話を続ける。 「私はお兄ちゃんのキャベツスープ、好きだよ?」 フォローは忘れない。私はお兄ちゃんの心を壊すためにこんな話をしているわけではない。 キャベツスープをすする。ひどく薄味のスープで、温まること以外に美味しさは感じられない。 「そう、だね。...二人ともこの大きさのまま生きてはいられないよね...」 あまり頑固じゃないところはお兄ちゃんのいいところの一つだ。 「うん、それでね、お兄ちゃん。オレイラ神学校ってわかる?」 「...オレイラ、神学校?」 「女将さんに聞いたんだけどね。教会が教えてる魔法学校があるんだって」 「へぇ」 「私はね、そこで勉強して賢くなって!魔力での戦い方を身に着けて!お兄ちゃんを連れてこの街を出て、母さんたちのところへ駆けつけるの。旅の間もお兄ちゃんに苦労なんてさせないよ」 お兄ちゃんはポカンとこちらを見てる。 「だけどね、そこまでにはちょっとだけお金が必要なんだ...」 「だろうね...。ちょっとどころじゃないと思う、けど」 「うん、お兄ちゃんには私が入学するまでの間、私が勉強できるように...生活費を稼ぐのをお願いしたいの。あと、教会の先生に支払う謝礼金も必要になるから、それも、なんだけど...」 「え?...いや、それだけじゃないでしょ?学校の費用とか...」 お兄ちゃんの雰囲気から緊張しているのがわかる。ここでこれだ。 「オレイラ神学校はね、教会への寄付で先生たちを雇ってるから学費が無料、寮も借りられるし、そこもタダ。しかも食事までもらえるみたいで」 「えっ?うそ」 私がこの話を聞いたときと同じ反応をするお兄ちゃん。 「ほんとらしいよ!女将さんから聞いた」 「えぇと、...それ、本当に?詳しいね、女将さん...?」 「ちょっと前までそこでご飯作ってたんだって...」 これには私もびっくりした。 ――話せることはもう話した。あとはお兄ちゃんの返答だけ。 お兄ちゃんはしばし考え込んだ。 大丈夫だろうか。良いって言ってくれるだろうか。でも、これが私が考え抜いた、今の私たちにできる最善だ。 お兄ちゃんには、もう少しだけ、これまで以上の負担がのしかかることになる。けれど、これ以上は、もう、求めない。 このお願いが通っても、通らなくても。 お兄ちゃんに甘えるだけだった私のままでは、もういられない。 もし、お兄ちゃんが私を信じてくれるなら。 その時は、あと少しだけ。あとほんの少しだけ、甘えさせてほしい。 「.........」 「...」 沈黙が続く。スープも冷めてしまった。 顔を上げたお兄ちゃんは私の目を見て微笑んだ。 「二人で頑張ろう、アルマ」 「っ!...お兄ちゃん!」 「でも、入学までのアルマの計画をもっと詳しく教えてほしいな」 そのあと、冷めたスープを二人で飲んだ。器を片づけて部屋に戻る。 服を脱いでお互いの体を拭きあっている間もお兄ちゃんからの質問は途切れなかった。そのあと久しぶりに二人で一つのシーツにくるまって、寝てしまうその瞬間までおしゃべりは続いた。 === FILE: 小説/1章/005_お金が足りない === お金は何よりも大切だ。 と、フィオは痛感していた。 おとうさんが言っていた、お金よりも大切なものがある――なんて言葉は今のフィオには全く響かない。お金がなければアルマを学校に行かせられない。アルマが必死に今読んでいる聖書を借りるのだって少額のお布施がいるのだ。自分を信じて頼ってくれたアルマの期待に応えるためにも、フィオは市庁舎が開く時間になるやいなや駆けこんだ。 「なんでもいいんです!一番稼げる仕事をください!」 奥のカウンターに通された後、以前のおじさんが目の前に来るのを見て開口一番に告げる。フィオの大声にまだ人の少なかった市庁舎の中から奇異の視線が向けられる。 「ちょ、ちょっとフィオくん、抑えて」 「あっ、ごめんなさい...」 おじさんは変わらず葦のペンで眉間をトントン、ぐりぐりとしている。 「...うーん、やっぱり市から君に紹介できるものはボランティア活動しかないよ。心苦しいけどね」 「なんとかなりませんか...」 「なんとかならないのは君がよくわかっているだろう?」 もしかしたらと一縷の望みをかけて訪れた市庁舎だったが、現実は残酷だった。 聞き分けのない子供に言い聞かせるようにおじさんが言う。 「...君は今、人権がない状態だ。普通の仕事につくのは無理だと割り切ったほうがいいと思うけれどね...。それにだ、雇い主に直談判ならともかく、市から君を紹介なんてしたら私たちが責任を問われてしまう」 その言葉はフィオを諦めさせるのに十分だった。 「...わかり、ました...清掃のボランティアを、させてください...」 「うんうん、まぁ切り替えて切り替えて。じゃあ簡単に説明をするからよく聞いていてね。今月の路地清掃の区画は―――」 そこからのおじさんの言葉はとても空虚なものに感じた。 ◇ 「みなさーん!清掃時間は終了でーす!ボランティアの方は集まってくださーい!」 清掃を始めたときと同様に市庁舎の職員がやってきて、その前に一列に並ぶ。 この一カ月、ろくに食事を摂れていなかったフィオですら、吐きそうになるほどの悪臭と汚れだった。ただでさえ苦しい生活なのに、吐けば胃の中のわずかな栄養まで失ってしまう。こらえきれない吐き気と格闘しながら、フィオは必死で手を動かして頑張った。 一列に並んでいるとやがてフィオの番が来た。 「はい、これ」 鼻をつまみながら職員の人が渡してくれたのはたった11リルだけだった。 「えっ...?15リルじゃ...?」 「うれしいことに、今日は参加者が多かったからねぇ。人数で割ると、こんなもんだよ」 鼻をつまんでいる職員は、さらに重ねて言う。 「まぁ、その分、作業も楽だったろ? さぁ、もらったら早く帰って帰って」 頭の先までが冷えるのを感じる。半日以上つかって、それで11リル? 今日の作業がこれで楽だった?とんでもない。 フィオは知るべくもないが、これは作業ノルマがある仕事とは違うので、時間さえ守っていれば報酬はもらえた。なんとなくこなすだけでお金がもらえるのだ。そりゃ誰にでもおススメできる、割のいい仕事として紹介されるだろう。だがそんなここでの常識も知らず、幼く体力の少ないフィオは疲労困憊になるまで一生懸命働くという、ここで一番向いていない働き方をしてしまっていたのだ。 (足りない...教会への謝礼に一回50リル...、一日の食費に最低でも10リル、これから学校に向けて勉強するなら木綿紙に葦ペン、インクも...いずれは全部そろえる必要があって、500リル以上はかかる...。これからアルマは服だっているし、風呂代もかかる...、足りない、足りない...) どうすれば...。フィオは下宿の酒場へ帰りながらずっと考えていた。 大通りで、身なりのいい子供たちとすれ違う。おそらく姉弟だろう。姉が弟のカバンを魔法でふわふわと浮かせながら、二人で羊肉の串を食べている。ぐずる弟の肩を軽くたたき優しく笑いかける姉の姿は、フィオがなりたい理想そのものであり。 今のフィオにはあまりにも遠く、自分がとてもみじめに思えるのだった。 (僕は、僕が...働かなくちゃ...。...でも、どうすれば...これ以上は市庁舎に頼れない...、露店でも働かせてくれなくなってきている) ふと、壁に張られたピンク一色の広告が目に入った。壁には何度もはがされたような跡があり、今はられている紙は新しい様子だ。 【ちょっと頑張るだけで高収入!日雇い可能/未経験歓迎♪/夜だけの簡単なお仕事!求人紹介のローズは赤鼻通りスグ!】 (……高収入? 夜だけ……?) フィオは足を止めて、じっとその広告を見つめた。 逡巡したのは一瞬だけだった。フィオは足を赤鼻通りへ向けていた。 ◇ 赤鼻通りは大通りから3本程ずれた通りだ。大通りと並行するように作られている通りで、レガン市の中で特に酒場や宿が集まっている通りである。酒に酔って鼻を赤くした人であふれかえっていることから通称として赤鼻通りと呼ばれている。 フィオは初めて赤鼻通りへ足を踏み入れた。別に避けていたわけではない。赤鼻通り自体が下宿先から少しはなれていることと、赤鼻通りは高級な店が多いため、そもそもフィオには用がなかったのだ。 まだ夕方の明るさが少し残っているものの、通りの明かりはすでに灯っていた。店先のランプの火が色とりどりの柔らかな光を落とし、石畳に影と色の揺らぎをつくっている。 すでに何杯目かわからない酒を手に、笑い合う中年の女性客たち。客引きをする、けばけばしい化粧と派手な衣装の男性。その間をおしゃれをした男性が、気取った様子で抜けていく。 様々な香油のにおい、料理と酒、すべてが混ざった、嗅いだことのない匂いが通りに漂っている。 フィオは自分が異世界に来たような、妙な感覚を覚えながら歩みを進めた。 (求人紹介の……ローズ……ローズっていうお店かな?それとも、人の名前?) 【赤鼻通りスグ】という張り紙を思い出し、通りの入口付近できょろきょろとあたりを見渡すが、それらしきお店は見つからない。というか看板が多すぎてどれか分からない。 「...あの、すみません、ローズ、を探しているんですけど」 フィオは思い切って、空のジョッキを片手に地面にしゃがみ込んでいる女性に声をかけた。 「...」 女性は顔を上げることもなく、指先を目の前のひと際うす暗い酒場に向けた。 「...あ、ありがとうございます!...あの、お大事になさってください、ね?」 ちょっと酒の怖さを感じたフィオだった。フィオは心配しつつも指さされた酒場へと入る。 酒場の中は店の広さの割には客が少なく、静かだった。いくつかのピンク色の火のランプが店内を薄暗く照らしている。あまり見たことのない長めの店内に長めのカウンター。何人かの女性客が見える。テーブル席はあるものの、女性客はカウンターの方に座っており、ほとんど空席だ。 しばし店内を見渡し、カウンターの奥の方に胸元を大きく露出したシャツを着た男性が3人ほど並んでいるのを見つける。 「おや?...坊や、道に迷ったのかな」 「あっいえ、...店、か人を探してるんです。ローズってここのことですか...?」 「...」 話しかけてくれた男性は少し困った様子で店の奥の方へ目を向けた。それを見たカウンターの一人が店の奥の方へ入り、筋骨隆々の大男を連れて出てくる。 「どうした?」 「ローズさん、この子、この店を探してここに来ちゃったみたいで...」 大男はそこでやっとカウンターのフィオに気が付いたようだった。足先から頭のてっぺんまでフィオを観察した後、おもむろに口を開く。 「ふむ、まぁとりあえず話を聞こうか。...この店じゃなんだ。そこの軽食屋にしよう。ついておいで」 カウンターから出てきた大男――ローズさんに手をつかまれて、店から出ていく。フィオはカウンターの男性たちに軽く会釈して店をあとにした。 夜の街の喧騒の中、ローズと手をつないで歩いていると、通りすがりの女性たちがこちらを見てくすくす笑っているのに気づく。 ローズはそれを気にした様子もなくそちらへ軽く手を振ると、見ていた女性たちから黄色い声が上がった。 「人気者なんですね」 「...赤鼻通りでだけな」 ローズは少し照れくさそうにしながらもそのままフィオを連れて赤鼻通りから出る。通りの外はまた落ち着いた雰囲気に戻り、赤鼻通りの異世界感は消え去る。 通りのすぐそばの食事処を目指して二人で歩く。赤鼻通りから出た後は手は離されていた。 ほどなくしてローズに連れられて店内へ入る。先ほどの酒場とは違い少しがやがやとした雰囲気だ。 二人が店内に入ったところで、フィオと同い年くらいの女の子から声がかかる。恰好からしてここの店員だろう。 「あれ、ローズさん。どうしたのこんな時間に。うちは酒はだしてないよ?」 「いや、今日はそんなんじゃない。ミートパイとスープと、そうだな、サンドイッチでも頼めるか。あと水もくれ」 「りょーかい、あとでもってくよ」 ローズは店員と簡単なやり取りをしてお金を払い、隅の方にあるテーブルへと腰掛ける。フィオも手で促されて、ローズの対面にある椅子に腰掛けた。 明るい店内だったので気づいたが、ローズの分厚く大きく開いた胸元のそばにはピンクのガラスと真鍮の薔薇のブローチが飾られている。 「それで、どうしたんだい?なんでウチに来た?」 ブローチに目を取られていたフィオはハッと意識を戻す。 「...あっ、えっと。ローズさんの求人を見て...。...お金が必要なんです」 「......。まぁ、一旦詳しく聞こうか」 フィオは言葉に詰まりながらも、兄妹でレガン市に来てからのことをゆっくり話し始めた。 === FILE: 小説/1章/006_ローズ === フィオのこれまでの話を聞いたローズは目に見えて困っているようだった。 うんうんと唸り、顎下をひっきりなしにさすっている。 「...それは、つらいなぁ...」 テーブルに届いたミートパイとスープは食べかけのまま置かれている。フィオはサンドイッチが自分にくれたものだとわかると一瞬で平らげた。おそらくフィオとアルマの食費4日分くらいの値段はしているだろう。正解は怖いので聞かなかった。 「...なので、ローズさんのところで働かせてもらえませんか」 「う~ん...ただ、うちは...」 同情してほしいわけじゃない。仕事が欲しいのだ。 「なぁ、なんで男の君が働く?君の今の状況を考えると、妹ちゃんが働いた方がいいんじゃないか?魔力を多く使える女性のほうがいろんな仕事を選べるのはわかっているだろう?それに君はそもそも普通の男の子よりも選択肢が少なくなっていることは分かってるのか?」 「それは...、分かっています、けど...。二人でお金を稼いでいる時間は、あまり、なくて...。アルマには、少しでも試験勉強の方に時間を割いてほしくて...。...僕の、わがままなんです」 「...はぁ、そうはいってもなぁ」 「...あの、ローズさんのところじゃなくてもいいんです、赤鼻通りだとローズさんみたいにいっぱい稼げるんですよね?どこでもいいんです、他の仕事はないですか?」 「ダメだ、ダメだ!」 ローズは慌てたように手を振る。筋肉におおわれた大きな体が動いたことでテーブルもカタカタと揺れる。 「...ちょっと、考えさせてくれ...」 テーブルに肘をつき頭を抱えてぶつぶつと考えているようだ。少し黙ったあと、顔をあげずにフィオに問いかける。 「...君は、赤鼻通りで男性がしている仕事、...いや、男性が求められている役割を分かっているのか?」 「...」 あまりそういうことに詳しくないフィオでもなんとなく、察した。化粧の濃い男性、露出の多い男性。実家の宿でも、旅の人がたまにそういう男性を連れて泊まることがあったから。 「赤鼻通りは、女性が男性を買うところだよ。フィオ君、賢い君ならこの意味が分かるね?」 「はい、分かっています。...それでも――」 「いや、分かっていない」 ローズは顔をあげてフィオの目をじっと見る。タカの目のような、鋭い目だった。 「分かっていれば、そんな返答はできない」 フィオはローズの圧に気圧されそうになりながらも正面から見返す。 「さっきも言ったとおり、赤鼻通りってのは、男を買う場所だ。ちゃんと分かってるのか?好きでもない女相手に、ちょっとのはした金の代わりに自分の体と尊厳を渡すんだぞ。相手が年のいったおばあさんだろうが太った毛深い獣人だろうが、なんだろうが断れやしない。断ったらそれが最後、行き場所もなく野垂れ死にだ。赤鼻通りで働いている男性は、そういう、もうあとがない人たちなんだ――まぁ、例外はいるけどな。赤鼻通りはもう他に生きてくすべがない人が来るところだ」 「...ローズさんも、そうなんですか...?」 「いや、俺は昔はそうだったってだけで、今では誰にでも売ってるわけじゃない......。だが君の場合は違う。赤鼻通りで最初から客を選べるやつなんていない。俺だって昔は、好きでもない、酒臭くて不細工な女を、口先だけで褒めて、ベッドで腰を振って、満足させるのに必死だった。分かるか?ちょっとでも自分を買った女の機嫌を損ねたら――もっと具体的に言おうか。チンコが勃たないだけで、それで物理的に首が飛ぶことだってある。『私に魅力がないのか!?』って具合にな」 少し遠い目をしてローズは首に手刀を当てるポーズをする。 「それでもらえるのははした金だ。時間効率がいい?だが、それだけだ。割には合ってない。自分をだまし続けて、いずれ心が壊れる。君が入ろうとしているのはそんな世界だ。...それを、分かっているのか?と聞いているんだ」 「...」 フィオはこれに、分かっていると返すことはできなかった。あまりにも知らない世界だったからだ。実家の宿でも、赤鼻通りでも。女性に連れられる男性はみんな幸せそうな顔を浮かべ、華やかな見た目をしていて...そんな姿からはとても想像もつかないことだった。もしかしたらあの男性たちは嘘の顔をしていたのかもしれない。本当は嫌だったのかもしれない。あの笑顔の下では助けを求めて泣いていたのかもしれない。今ここで、フィオはやっと彼らを理解する入り口に立ったのだ。 だが、それでも。 フィオの決意は揺らがなかった。 アルマのために。それならフィオはなんだってできる。 ローズの圧を睨み殺すような視線で返していると、やがて彼から圧が消えた。 「......フゥー。わかった、じゃあ切り口を変えよう。君には脅すように言ってもダメみたいだからな......。厳しい言い方になるが、君を雇うメリットが俺にない。これは他の店も一緒だ」 「......それは」 「たしかに裏の一部の店では君みたいな年齢の娼夫も扱っているとは聞いている。......だが、俺たちから言わせれば、君みたいな子供の娼夫は店にとってただの不要なトラブルの元でしかない。そして俺自身も一人の人間としていい気分にはならない。......わかるかな?」 ここにきてハッキリと拒絶の意図を示す大人のローズに、子供であるフィオは何も言い返すことができなかった。 そして――。 「......無理を言って、すみませんでした」 「......これまた突然物分かりがよくなったな。......どうする気だい?」 まだ知り合って間もないというのに、なぜかローズはフィオの行動が手に取るようにわかるようだ。 「ちなみに君が今考えているそれは、どちらも無謀だぞ」 フィオの考えは今この場では諦めたふりをしておいて、後ほど ”子供を扱う風俗店への勤務”を目指す、もしくは ”個人での路上売春” を行うことだった。 「......でも。......でも、もう、......これしか」 フィオはたまらず涙する。もう選択肢がないのだ。 「......分かった。......俺の負けだ。だから、それだけはするな」 ◇ 「また来てね!」 そのあとローズは冷めたスープと固くなったミートパイを喉に流し込み、フィオを連れてさっさと店を後にした。来た時と同じように女の子が笑顔で送り出してくれる。 なぜかローズと向かった先は、先ほどローズと出会った場所、『出会い酒場ローズ』だった。 店内は先ほど来た時よりもにぎわっている。それでもガヤガヤというよりは静かな笑い声がそこかしこで響いている様子だ。 「あっローズさん、おかえりなさい」 カウンターから男性が声をかけてくる。 「あぁ、ちょっと奥にいく。あ、酒を頼めるか?奥まで持ってきてくれ。...ほら、ついてきなさい」 ローズはフィオの手を引き、カウンターの奥の部屋へと入った。 「そこに座って」 「は、はい」 キルトのソファに腰掛けたフィオの混乱した様子で、少しローズの口調に優しさが戻る。 「...詳しく説教はしない。言葉だけでは君にはまだ意味が伝わらないだろうからな...。それでも、さっきのことだけはダメだ。それだけは分かってくれ」 「...」 「放っておいたら、君はそのうち客引きを始めるだろうからな。...うちで面倒を見る」 予想外の突然の採用にフィオは驚くだけだった。 ほどなくして琥珀色の酒がそそがれたゴブレットが運ばれてきた。...二つ分。 「おいっ、この子はまだ子供だ...、...俺のテーブルに置いてくれ」 酒を運んできてくれたお兄さんは少し申し訳なさそうにした後、ローズのそばのサイドテーブルにゴブレットを二つ置いて部屋を後にする。すぐに水も持ってきてくれて、フィオのテーブルにも置いてくれた。 ローズはゴブレットの一つを取り、軽くあおる。フゥーっと息を吐き、死んだ目で天井を見ていた。 「...で、どうするかなぁ」 しばしローズは考え込んでいるようだった。 「あんな張り紙で子供を釣ってしまうとは......やっぱりまずかったかぁ...」 死んだ目のローズはもうそこまで怒っていない様子でもあり、フィオの緊張も少しだけ解ける。 「...そういえば。広告の張り紙、あれは誰かに読んでもらったってことか?」 「...?...あ、いえ。実家が宿をしていて。小さい頃から帳簿整理の手伝いとかをしていたので字は読めるんです」 「...ほぉ」 ローズの目に少し光が戻る。 「そういや君たちの両親はバラボ街道の途中の集落で行方不明って言ってたね。その宿って、そこでやってたのかい?」 「はい」 ローズは目をつぶって顎をさすっている。 「...じゃあ、宿の業務......えーと、受付とか宿帳の記入、備品の管理に、帳簿の確認とかやったことある?あと、酒場での注文、配膳、調理、食材管理とか」 「あります...。...あ、いえ酒場の方は経験がないですが...」 ローズは一拍おいて少し考えた後、軽くうなづくと、ゴブレットの残りをグイっとあおる。空になったゴブレットをサイドテーブルに置き、もう一つもあおり始める。 「フゥー、......さっきはどうなることかと思ったが...」 フィオに向けられる笑顔は朗らかなものだった。やっとローズの笑顔を見た気がした。 「思わぬ拾いものかもしれないな」 「...あ、それじゃあ...!」 「...あぁ、これからここで働いてくれるかな。...もちろん娼夫ではなく、裏方としてね。...まぁ、夜だけで高収入とはいかないが。そっちはまだ許さないよ」 フィオはまたもや涙があふれる。レガン市に来てからはじめて、強く温かい人に迎えてもらえた。 「うちへようこそ。フィオ君。これからよろしく」 ◇ 赤鼻通りの外までローズに送ってもらった後、フィオは手を振って別れる。ローズは見えなくなるまでその場に立っていた。 日はすっかり沈んでいる。フィオは足取り軽く、下宿先の酒場へと帰る道を進む。大通りの途中で羊肉の串を買う。2本で40リル。今日は祝勝会だ。 遅くに帰ってきたことをアルマに怒られはしたが、長期の仕事が決まったことを――場所だけはぼかしつつ――伝えると、アルマは飛び上がって喜んだ。 二人で食べる久しぶりの肉は、死ぬほどおいしかった。 === FILE: 小説/1章/007_フィオの一日 === 『出会い酒場ローズ』で働き始めてから3カ月ほど過ぎた。 窓から見える外は白い雪で地面が覆われており、凍り付いた池の上では、子供と犬が遊んでいるのが見える。 フィオ達はというと、フィオの稼ぎが一日換算で120リルくらいになったこともあり、掃除用具入れから普通の小さな客室に格上げすることになった。掃除用具入れには机がなかったことが格上げを決めた理由である。小さな客室には手紙などをしたためるための小さな机がついていたのだ。 下宿の女将さんに相談したところ、相場よりも安い値段で借してくれた。ベッドも一つだが、子供のフィオとアルマでは二人で寝るのにも十分だった。 「それじゃあ、アルマ。これが今日のお布施ね。...木綿紙はまだ使える?葦ペンもダメになってない?」 「うん、大丈夫。ありがとう、お兄ちゃん」 ぼろぼろのカバンの中をのぞきながらアルマが答える。これからアルマは教会へ向かう。教会ではお布施の代わりにシスターが読み書き計算などの勉強のほか、魔力トレーニング、宗教知識の説教をしてくれるのだ。神学校を目指すアルマにとってはいい環境だ。 「じゃあ、行ってきます!」 「いってらっしゃい」 アルマを部屋から見送ると、フィオも出かける支度をする。 まだ朝早い時間だが、ちょうどいいくらいだろう。 部屋を出る直前にトルトレイアの香油を少しうなじに塗り、外へ出かけるのだった。 ◇ 「あの、ソレル。フィオはまだきてないかい?」 「も~...、何回目っすか?毎日着いたらローズさんのところにあいさつに来るんすから分かるでしょ。掃除の邪魔なんで戻っててください」 「あ、あぁ」 ソレルは出会い酒場の前の石畳に水をまきながら生返事を返す。酒に酔った女性客達が吐いたあとをごしごしとブラシでこすっているのだ。最悪なことに目詰まりしながら一部凍ったりもしていて、非常に掃除しづらい。 「...着いたら俺のところへ来るように、伝えておいて」 「は~い、了解っす」 ローズはすごすごと店内に帰っていく。 (全く...、そんな心配ならここに住まわせりゃいいのに) まぁそんなことはローズがさせないということも分かってはいる。夜の赤鼻通りは危ない。子供に住まわせる場所ではない。 ソレルが引き続き目詰まりと格闘しつつゴシゴシしているとやがてフィオがやってきた。 「おはようございます、ソレルさん」 「おぅ、おはよう。フィオ」 (ローズさんが突然子供を採用すると言ったときは従業員全員が、やっぱあの張り紙はダメだったとか、ついにローズさんの気が触れたと騒いだもんだったが) 裏方の採用だったことや、フィオの仕事ぶりを見て3日もしないうちに反対派は消えた。 「ローズさんが寂しくて死んじまうから早く来てくれってさ」 「あはは...。それじゃあ急いで挨拶してきますね」 「挨拶終わったらコレ手伝ってくれ~」 「はい。じゃあまた後ほど」 フィオは汚れているところを踏まないように避けて店の中へ入っていく。 その後ろ姿を見ながらまた、ゴシゴシと石畳の目地に詰まる汚れを落とし始めた。 ――フィオの採用については、かくゆう俺も反対派だった。俺はこの店じゃあ儚いカワイイ系の童顔で売ってる。 マジの子供で、しかも俺よりもずっと儚いカワイイ感じのフィオが入ってきた日には俺の客が全部持ってかれんじゃないかって警戒してた。 恥を忍んでローズさんに直談判したときは『儚い...?ソレルが...?』とか、俺の魅力を分かってない感じだったが。 フィオには客を取らせねぇってことで俺も一応は納得してフィオの採用を認めてやった。 心配していたのは最初の一日だけだった。その日、フィオは客の前に出ることはなく、裏でひたすら帳簿を見てなにかを書き写すだけだった。なんか、小さい体でそれを黙々とやってる姿を見て、あぁこいつは儚いだけじゃねぇやって思った。 多分、こいつが争う相手じゃないってのは、そん時に本能的に思ったんだろうな。守らなくちゃいけないやつだ、って。ローズさんがなんで雇ったのが少し分かる気がした。 次の日、フィオからローズさんに整理した帳簿を渡すのと同時に、この酒場のダメなところを伝えているのが見えた。俺たちが料理を苦手にしていることがあっさりフィオにバレたらしい。なんで帳簿を見るだけでそんなことがわかるんだ?そういう魔法でも使ってんのか? そんでローズさんと相談した結果、ここで出す食事には火を使わない皿に盛るだけのやつってことになった。 するとどうだ。接客する時間は増えたし、変な料理でイラつく客もいなくなった。気分を悪くして帰る女も、変に八つ当たりしてくる奴もいなくなって俺らのストレスも減った。 俺たちが料理はしたくねぇってローズさんに何度言っても聞いてもらえなかったのが、帳簿を持ったフィオに注意されただけで折れたんだ。マジですげぇ魔法使いなんだろうか。 この時点でフィオの採用に反対する奴はうちにいなくなった。 「ソレルさん、お待たせしました」 「ずいぶん早かったな、ローズさんの様子じゃ、そのまま熱い一晩でも過ごすんじゃないかと思ってたんだが」 「早くソレルさんに会いたかったもので」 軽口を言いながら店の中からフィオがモップを持って出てくる。冬場の石畳は水気が残ったままだとすぐに凍って危ないからだ。客が店の前で滑って転んだなんて面倒なことは起こししたくない。 ソレルがブラシ掛けをしているのを見て自然にモップを選んでくるあたりにもフィオのそつのないところが出ていた。 「代わってくれてもいいんだぜ?」 「一緒にやりましょう。そっちのほうが早く終わります」 そう言ってフィオは、石畳をならすようにモップで石畳を拭き始める。 ソレルもそれを見て、ふっと笑ってまたブラシを動かし始めた。 ◇ フィオが部屋から出て行ったあと、この3カ月のことを考える。 (本当に思わぬ拾いものだったな...) やってきて早々メニュー改善の提案をしたかと思えば、それから客の不評も少なくなったし、娼夫たちも喜んでいるようだった。何よりも無駄な食材費が減った。 しかし、そもそも娼夫らの料理が上手であれば、もっと上手く回っていたのだ。努力して料理を上手くなろうとしない彼らが悪い。 これぐらいはできるだろうと食事メニューを任せていたが、見事に痛いところを指摘してある帳簿を見せられるとぐぅの音も出なかった。――料理以外のことをさせたほうがいい――と思えた。 フィオの言う通りにドリンク中心でメニューを組みなおしたところ、うちの経営はぐぐっと改善された。まぁだが料理の勉強をやめさせるつもりはない。いずれ誰か一人でもまともな料理を作れるようにするつもりだ。これは譲らん。 帳簿の整理がひとしきり終わると、今度はフィオはみんながやりたがらない毎朝の宿部屋の清掃を率先してやるようになった。うちの宿はいうなれば売春宿としても使うので、ベッドシーツなんかはとくにいろんな汁で汚れていて誰も触りたがらない。感心する。 今までは、その日一番下っ端の娼夫がやる仕事だったんが、フィオがほぼ毎日入ってくれることで娼夫たちの負担がかなり減った。 さらにはフィオが子供だからと、普段周りに話せない悩みを聞かせている娼夫もいるようで、こんな形でも有用性を見せている。 一カ月くらい前からは夕方までの宿の受付も任せているが、客からのウケも上々のようだ。売春に関係のない昼の売上も少し出るようになった。驚くことだ。 ローズさんの息子か?次期主人か?とからかってくる客までいる。冗談でフィオを部屋に連れこもうと誘いはじめたヤツは、視線だけで射殺すように強めに睨みつけてやった。 (もうちょっと給料上げたほうがいいな。これは) すでに結構店の一部をフィオに依存している節はあり、もう今抜けられると非常に困る。 (一日100リルぽっちじゃ少なすぎる。よその店からもすでに目を付けられ始めているし、引き抜きの心配も必要だ...。とりあえず300リルぐらいで納得してくれるかどうか。...それと、あっちのことも王室の関係者に詳細を聞かなければ…) ――勘と感覚で生きてきたローズは計算が得意ではないながらも頭の中で試算し始めた。 ◇ 朝は店先の石畳と部屋の清掃(売春客のチェックアウトはまださせてもらえない)、昼からは宿泊客のチェックインの手伝いと、裏手にある厩舎の掃除。客の馬がいればエサやり、ブラシ掛けなども行う。 休憩時間は従業員の皆さんからいろんなお話を聞かせてもらう。 再び業務が始まると、チェックインの手伝いに戻り、軽食や酒の提供もはじめる。その合間に帳簿の管理や備品のチェックを行う。 そして夕方、陽が沈み始めるころにローズさんに引継ぎの報告をして、お給金を受け取って帰宅する。 こんなふうにフィオはここのところずっと朝から夕方にしか赤鼻通りにしかいない。 あの日見た、夜の赤鼻通りの異世界のような光景は、いまでは夢の中の出来事のようにおぼろげな記憶になりつつあった。 100リルという条件で受けた仕事だが、いつも何かしら理由を付けて120リルくらいにして渡してくれる。ドリンク作り頑張ったとか、妹ちゃんとの食事代とか。 フィオは、大体こんな感じのスケジュールで1日を過ごしていた。 以前の未来の見えない暗闇の中を手探りで歩き続けるような日々に比べて、とても幸福な日々だった。 そしてフィオには楽しみなことがあった。 (明日は久々のお休みだ!) 明日は教会に行って少しアルマの勉強の様子を見させてもらうのだ。特に楽しみにしているのがアルマの魔法である。フィオは魔法をあまり見たことがない。バラドの宿にいたころ、お母さんは『自分の魔法は人に見せるもんじゃない』と見せてくれなかったので、旅の人が披露してくれる様々な魔法を見るのが大好きだった。 髪の毛が自在に動く魔法だったり、指先が小さなハトに変わる魔法。フィオの考えていることを全て当てられる人もいれば、杖の先からお湯を出せる人なんかもいた。 アルマは最近は特に魔法の勉強に力をいれて頑張っていると言っている。フィオが授業の様子を見に行きたいというと少し嫌そうにはしていたがしぶしぶOKしてくれた。 そんなこんなでフィオは明日の授業参観をとても楽しみにしている。 ブラシがけをいつもより頑張った結果、ピカピカになった馬が、満足そうに鼻を鳴らした。 === FILE: 小説/1章/008_アルマの魔法 === 今日はアルマと一緒に、朝から教会に向かっていた。 角を曲がると、秋に見た鮮やかな教会とはまた違う、白い雪化粧をまとった教会の姿が見える。 白く染まった屋根、凍てついた鐘楼。時が止まったような静かな光景に、フィオはまるで神様がそこにいるかのような神秘的な雰囲気を感じる。 最近フィオは出会い酒場での仕事を忙しくしており、以前は習慣だった日曜学校にも行かなかったため、こうして教会を目にするのは久しぶりだった。 「この坂、ところどころ凍ってて足滑らすから気を付けて。お兄ちゃん」 「うん」 アルマは慣れた様子でたまにある凍った面をひょいひょいとよけつつ、先導するように坂を登っていく。 妹が自分より前に出て先を歩く様子を見たフィオは、頼もしくてうれしい反面、ほんの少し寂しい気持ちにもなるのだった。 ◇ 「「「「よろしくお願いします、シスター」」」」 「はい、お願いします」 肩幅が広くがっしりとした体格のシスター――ベラさんというらしい――にフィオたち4人が挨拶をする。 今日は授業参観とはいったが、なんのことはない、一日だけフィオも勉強に混ぜてもらうだけである。 ベラはこの教会で、こうして子供たちに神魔法行使術について教える時の担当の先生だ。 子供の数が多い時は複数人で教えていたりもするようだが、今日はフィオを含めても4人なので、先生は彼女一人だけのようだった。 「フィオくんは今日が初めてだよね?さっき、今日だけって聞いたけど、次からも来てくれるように、先生頑張っちゃうぞ」 少しふざけたように先生がむんっと力こぶしを作る。大柄なベラがやると、本当に強そうに見える。 「先生ぇ、男の前だからってはりきってる~!」 「フィオくん、逃げて~、ふふふ」 「こらっ」 子供たちから軽い野次が飛んだところで、ベラさんが咳ばらいをして授業をはじめていく。 (おおっ...、プロだ...) その一連の流れでフィオは、ベラの手際よく子供の心を掴んでいくプロフェッショナルな応対術を見た気がした。 なんだか世間に変なもまれ方をしてきたせいか、最近子供気が薄れてきているフィオである。本人は知る由もないが。 「みんなもフィオくんに良いところを見せられるように頑張ろうね」 「「はーい!」」 「...」 アルマ以外の二人が答える。恥ずかしがっているのだろうか? 「アルマちゃんも、大丈夫。お兄ちゃんの前だからって緊張することないからね」 ベラがそうアルマをフォローして授業は始まっていく。 「今日はフィオくんがいるから、まず実践の前に神魔法についておさらいしようか」 今度はフィオが乗り出す番だった。子供気が薄れてきているとはいえ、ちゃんとある。魔法の話が始まるとなるとキラキラと目を輝かせて先生の話を聞き始めるのだ。 「神魔法はね、光の神様への強い信仰の気持ち――”信仰の光”を魔力に合わせて使う魔法なの。だから、もともとその人が持っている魔力よりも強い効果が出やすくて、使い方によっては魔力切れを起こしにくいのが特徴だよ」 ふむふむと話を聞いているフィオ。 「それから、“身体に作用する魔法”が多いのも特徴。たとえば、脚を速くしたり、力を強くしたり、ケガを直したり。そういうの」 便利そうだ、とフィオは思う。神魔法を使いこなせれば、シーツ運びも石畳の掃除も楽になるに違いない。突然のケガにも安心だ。 「体をなにかに変化させたり、遠くのものを燃やしたりとかは神魔法じゃできません。あと、もう一つ特徴といえば、神魔法使いには男性が多いの。魔力が弱い人にも扱いやすい魔法だからね」 「地味だよね」 隣から女の子が声をかけてくる。 (たしか、シェラちゃん。その隣がエマちゃんかな) 以前日曜学校の時に一緒の机にいた気がする。 「そうかな?自分の力より強い魔法が使えるのってかっこよくない?」 「うーん、でも地味だよ」 「今、フィオくんがいいことを言いました」 二人の会話をさえぎるようにベラが続ける。 「弱い人でも使いやすい魔法ってだけで、もともとの魔力が高い人が使うともっと強くなれるから、強い女性の中にも神魔法を使う人はたくさんいるよ。王都の神聖騎士団なんかはそういう人たちだね。神聖騎士団、地味?かっこ悪い?」 (神聖騎士団...) フィオにちょっと苦い記憶がよみがえる。その横ではシェラが先生に反論しているようだ。 「かっこいいけどさ、でも先生、神聖騎士なんか参考になんないよ。あんなすごい魔法を神魔法だけでやってるなんて信じらんない、あの人たちはもともとがすごいからそんなことができるんだよ」 「はぁ...、フィオくんがいたから特別に基礎をおさらいしてみたけど、やっておいてよかったわね...」 ベラは嘆息混じりにひとりごちて、そのまま続ける。 「最初にも言った通り、神魔法は信仰心の強さが魔力の限界を引き上げる特徴があるの。だから、光の神様に強い祈りの気持ちを持っている人ほど、強い効果がでるのよ。先生には神聖騎士の友達が一人いるけど、その子は私よりも魔力量が少ないわ」 「え~、本当?」 シェラは口をとがらせて、信じられない様子だ。 「本当。だからみんなも、光の神様にちゃんと祈りましょう。日々の糧、平穏を神様に感謝しながら、その気持ちを魔力の発露に込めるように...それじゃあ、このまま、はい集中して」 フィオも真似をして一緒に目を閉じる。 魔力の発露? ちんぷんかんぷんだ。 「あ、フィオくんはまず見てて。やり方わかんないでしょうから」 「あっはい」 ちょっと恥ずかしかった。 ◇ 「...」 アルマは目を閉じて魔力の発露に集中する。 ベラは発露に集中している3人の様子をうかがいながら、信仰の光を上手く魔力に乗せられているかを確認していく。 シェラやエマはまだ拙いながらもできているようだった。ベラと少し話をしてアドバイスをもらい、そのまま続ける。 ベラが言うには、これを上手くやるコツは、自分の思い出を重ねることだそうだ。『神様、昨日はおいしいご飯を食べさせてくれてありがとう』『神様、先月は父を病気から治してくれてありがとう』といった具合に。 アルマよりあとから始めた2人にはできてるのだが――、 「アルマちゃん...。大丈夫、穏やかな気持ちで、心の中でゆっくりと神様に感謝の気持ちを唱えて......」 アルマに全くできなかった。――神を信じていないからだ。 そもそもアルマが神学校を目指す理由も、学費が無料ということだけ。それ以外にはない。 神魔法を学び始めたころ、さすがにまずいと思ったアルマは、自分なりに神を理解しようと努力した。 フィオが仕事をしている間、授業の合間に、読めないところを手の空いているブラザーに教えてもらいながら。最初から最後まで。 そこには様々な話が載っていた。光の神と開祖の奇跡、何人もの聖人たちの偉業、悪魔との闘い...。どの出来事も、この時のこれがあるから今がある、といった因果の連なりだった。 文字が得意でないアルマだったが、そのうち、経典だけは全文をすらすらと読めるようになっていた。読めるようになってからは、経典を借りて下宿の部屋で読み続けた。 (恩着せがましい...) 経典を読んだ感想はそれだけだった。 神を理解しようとすればするほど、心の中に湧いてくるのは、感謝ではなかった。怒りだった。 (神が私たちに何をしてくれた?神がお兄ちゃんに何をしてくれた?あの日森で人助けをしただけのお兄ちゃんに、大人たちは何をした?) 経典を読み込み続けた結果、アルマの神への不信はどんどんと高まっていった。 (これだけの奇跡を起こせるのなら、なぜお兄ちゃんを助けなかった?なぜ子供を苦しめるだけ苦しめて見殺しにする?) 結局、苦しみ抜いたフィオを助けたのは、母からの手紙であり、今のフィオの勤務先の主人である。神様などではない。 だから、アルマは神なんていないと悟った。いたとしても、そいつは人間に興味なんかない。 シェラとエマが簡単な神魔法を行使して勉強を続ける中、結局アルマは一度も信仰の光を魔力に込めることができなかった。 ◇ 「...ごめんなさい」 「?」 教会から下宿への帰り道、アルマがそう切り出す。 授業が始まる前から少し様子のおかしかったアルマは授業を終えたあと、ますます居心地が悪そうにしていた。端的に言うと、今日一日ずっと元気がなかった。 「どうしたの?アルマ」 「お兄ちゃんが仕事で頑張ってくれているのに、私は...神魔法の一つも...使えない」 「え、僕も使えなかったよ」 使えれば仕事が楽になったのに...と残念がる。 ちなみにフィオが使えなかったのは、普通に魔力の発露がうまくできなかったためだ。そこまではベラも専門じゃないらしい。 フィオは俯いたアルマの様子から茶化すのはよくないと態度を改める。 「シスターもアルマは経典の読み込みが素晴らしいって褒めてくれたじゃない。あとはそれを理解して自分なりのコツを掴むだけだ、って」 アルマだってそんなことはわかっている。でもこの3カ月、授業中以外も含めて、ただの一度も発動したことがないのだ。 「大体、神魔法を本格的に学ぶのだって学校に入ってからでしょ?今できないのなんてあたりまえじゃないの?」 「...オレイラ神学校には、少しでも神魔法を使える人じゃないと入れないの...」 「......」 それは、困ったことになってきた。 === FILE: 小説/1章/009_取引 === フィオには今いくつかの選択肢がある。 幸いなことに生活が安定してきたため、慎重に選択肢を吟味することができる。 (まず一つ目、このままオレイラ神学校を目指す。もちろん入ることができるなら御の字だ。アルマは経典の内容はびっしり丸暗記済みだし、文字だって書けないことはない。計算もある程度...たぶんできる。...筆記の試験で落ちることはまずないだろう。面接試験に置いても、あの賢くてかわいいアルマが落ちるとは思えない。問題は...) 年明けに控えた神魔法の試験だ。今は年末、年明けの試験まで猶予は1月もない。 昨日の授業では入学してからの予習を兼ねて神魔法を教えているのかと思いきや、まさかの試験だったとは。それはアルマの表情が浮かないわけである。 授業参観――という名目――で教会に行かなかったら、フィオには怖くて相談もできなかっただろう。 (入学試験に落ちた場合、来年の神学校の試験を目指すか、諦めて別の魔法学校を目指す方向もある...) だが、そもそも学費無料ということがアルマの背中を押したのだ。自分の学費がフィオの背中にのしかかるのであれば、アルマはそもそも入学を拒否するだろう。浪人生になった場合の生活費用についても同様だ。 (そうなると一緒にこの街で働くということになる...) ちなみに赤鼻通りやローズは論外だ。アルマには市庁舎で仕事を探してもらうことになる。 ただし、この選択の場合はいつになるか分からない、お母さんの大魔討伐をレガン市で待つということだ。 (アルマは賢くてかわいいのだけど、仕事となると...) アルマは自分でも言っていたがケンカっ早い。あのお母さんの娘なので、それを全部遺伝しているとなれば、多分大人になっても治らない。雇われの仕事は無理だ。 レガン市でのフィオの仕事もいつまで続くかわからない。フィオは現在、首に輪っかをはめられているような状態だ。こちらはこちらでいつ店からクビを宣告されるかわからない。 また、ローズでの娼夫たちの話を聞く限り、路上での春売りも長期的に稼ぐのは向いていないらしい。踏み倒されたり、事件沙汰になったりするからだ。 フィオの一日120リルという稼ぎで、兄妹二人が今を生きるのはともかく、これから体が大きくなっていく中ではとてもじゃないがやっていけると思えない。路上での売りのことを計算に入れても難しい。 (おかしい。選択肢が、ない) 考え始める前にいくつもあった選択肢だが、考えれば考えるほどに、アルマが神学校に受かるということ以外に選択肢はなくなっていくのであった。 ◇ フィオはその日少しぼーっとしながら仕事をしていた。 (神様ってなんだろう?) 迷えるものの道の先を照らすのが神様の役割なら、今まさに迷っているフィオやアルマの道先を照らしてはくれないものだろうか? 「――おい、フィオ。聞いてんのか?」 「はい、それはソレルさんは悪くないです」 ちなみに今は休憩時間中だ。店の裏手の厩舎に置いてあるベンチでソレルと蒸かし芋を食べながら話をしているところだ。 「やっぱ聞いてなかっただろ、お前」 ソレルさんはふぅーっと溜息をついてもう一度、話のあらましから話し始める。 「一緒の部屋に住んでるやつがよぉ、急に田舎に帰るとか言いやがって、代わりに部屋に連れて来たやつが、女だったんだ! 信じられるか? 2人部屋だぞ、フツー売春でもねぇのに女と男を一緒の部屋に入れねぇだろ!?」 今度はちゃんと聞いてみたがどうでもよかった。 「...ソレルさん一人で部屋を借りるとかはどうです?」 「それができりゃ苦労しねぇよ...。うめぇもんが食いてぇ。酒だって飲む。服だって欲しいし、博打の元金もいる。部屋代なんかにいちいち大金使ってられるかよ」 ソレルを見て自分とはずいぶん違う世界にいる人だと思う。うらやましいとか、愚かだとか、そんな感情ではなく、違う世界線を生きている人という感じだ。 「あーあ、博打でドンとあてられりゃ、こんな仕事なんかすぐに足を洗うのによ......。頼むぜ神様~...」 ソレルの愚痴は、しばらく続いた。 「……ま、どうせ俺なんかじゃ力で勝てやしねぇしな。どっか安くて狭ぇ部屋でも探すとするわ」 言い捨てるように最後に言って、ソレルは芋の皮を丸めて馬に食べさせた。 (神様……か) ソレルが店に戻ったあとフィオもベンチから立ち上がり、同じように馬に残った皮を上げる。馬が食べ終わったのを見て一撫でしてから店へと戻ろうとした時、ふと目の前の路地の石畳に座り込んでいる女性が見えた。 最初フィオは、昼間から珍しい。とだけ思った。 赤鼻通りはスラムとは違う。夜に酒で倒れる人が出ることはあるが、昼間から酒盛りをしてジョッキ片手にダウンしている人を見かけることは少ない。 しかし、どこか見覚えのある姿だな、と思い近づいた。顔の右側に大きな火傷の痕があるのに気づく。そこで思い出した。たしか、教会にいた――シスターアントリス。 彼女がシスター服を着ているわけでもないのに気づけたのはほぼ奇跡だろう。 「......んぁ、あれ...、酒がない、......つか、ここ、どこ...?」 なぜこんなところにシスターが?とかの疑問もあったが、とりあえずシスターが道で倒れているのはやばい気がしたので酒場の中へ連れて行く。 「シスター、立ってください...!」 脇に頭を入れるようにして、肩を貸しながら酒場へと入る。 突然飲んだくれの女を持ち帰ってきたフィオにギョッとするソレルら娼夫達だったが、フィオの知り合いのシスターだと分かるとテーブルを少しどけて水の入ったゴブレットを渡してくれた。 「おー、ありがとよ...、少年」 酒焼けなのか少ししゃわがれた声でフィオに礼を言うアントリス。フィオに手渡してもらったゴブレットを一口で飲み干した。 「......ところで少年よぉ、さっき...、あたしのことを...うっぷ...、シスターっつったか?」 まだ視点が定まってはいないようだったが、少し思考は戻ってきているらしい。 「はい、シスターアントリスですよね?東区の坂の上の教会の」 「おぅおぅ、バレちまったぜ...」 シスターアントリスはそう言うと、再びゴブレットをあおった。空だとわかると舌打ちして店内の床にゴブレットを投げ捨てる。 転がっていくゴブレットを眺めて、それからその目がようやくまともにフィオを捉えた。 「そんで少年よ……お前、どこで見たんだったっけ? 教会か?」 「はい、秋ごろに何度か教会へ行っていたので。...あ、それと最近は妹が毎日教会に通ってます」 「妹...」 シスターアントリスはフィオの顔を目を細めてじーっと見る。 「おぉっ...!お前、あのちっこいのの兄貴か?えーと……アルマ?」 フィオは小さく頷いた。 「はい」 「あたし、あの子のこと結構気に入ってんだよ。毎日毎日せっせとお布施してくれてありがとうよ~、...うっぷ......おかげでこっちは助かってるぜ」 フィオはここまでの所作などの言動で、嫌いなタイプかも。と思い始めていた。 「...ははっ、冗談、冗談!そんな顔すんなって!可愛い顔が台無しだぜ」 (アントリスさんには失礼だけど、ここでこのまま介抱するのは店に迷惑がかかりそうだ...、今日は早退させてもらってこの人を教会まで送っていこう) 転がったゴブレットを拾って、ローズの部屋へ向かう。 すぐに事情を理解したローズはフィオに早退を許可するのだった。 ◇ 千鳥足気味の女性を体で支えながら大通りを通って東区の方へ抜けていく。 頭の上からする酒臭い息がひどく不快だ。 何人かの通行人がいぶかし気にこちらを見るものの、酔っているほうが女、支えているほうが男だとわかると、性的な危険性はないと判断したのか、興味をなくしたようにすぐに目線を外す。 「ところでよ、お前。赤鼻通りで働いてんだな」 フィオはシスターからの言葉に身構える。働いている場所が赤鼻通りだということは、教会にはもちろん、アルマにも教えていない。 説教でも始まるかと身を固くする。 「......ダメですか?」 「いいや、ダメじゃねぇ」 アントリスはいまいち何を考えているのかがわからない。こちらの状況を一方的に確認するかのようなじっとりとした雰囲気をまとっており、気味が悪い。 「アルマのことなんだがな、知ってるか?神魔法が使えねぇんだ」 「......それがどうかしたんでしょうか」 知っている。......昨日知ったばかりではあるが。 「オレイラ神学校には神魔法が使えねぇと入れねぇ。どうせ学校に入ってからも勉強すんのにな」 それはフィオも思うところである。まぁ、学費が無料というところで学校側も殺到する応募者から入学する生徒を選ぶ必要があるのだろう......。 「だがな、まぁ毎年、緊張しちまうからってんで、試験の”本番だけ”上手くいかないやつがでてくんだ。いつもはできてんのにだ」 「それは、...辛いですね......」 神魔法は信仰の光を上手く魔力に込める必要がある。極度の緊張にさらされて集中が出来なければ、たしかに失敗することもあるのかもしれない。 「わかるよな?辛いよな?あたしらシスターが適正”有り”って評価するか、”無し”って評価するか...それだけでそいつの人生は変わっちまうんだぜ」 あたしらシスターだって辛いんだよ、と、アントリスは右手を大仰に振ってジェスチャーを行う。 「本当は適性があっても、試験の時にできなきゃ、そいつは適性”無し”だ。......だからな。そういうやつらをこっそり救ってやんのが、あたしが神様から賜った役目ってわけよ」 アントリスはこちらの顔を覗き込み、フィオの目を見据える。 「逆にいや、偶然、試験の時に一発でできちまえば、適性”有り”......ってことだ。何を言いてぇのか、わかるな......?」 フィオを覗き込むアントリスの真っ黒な目は何を考えているかわからない。フィオは今ハッキリとこのシスターに対して恐怖を覚えていた。 「3万リルだ。それでアルマの神魔法の適性を”有り”ってことで上に報告してやる」 「なっ......、それは......!」 「バレやしねぇよ!いままで何度もやってきてんだ。適性試験は地方でだけ、次からの王都の試験では適性試験はねぇ。地方の試験の時だけ偶然できました、で全部説明がついちまう!」 「だ、だからって......!」 フィオはそのあとの言葉を続けることができなかった。アントリスの言葉に、救われたかもしれない人たちのことを考えてしまった。 「......なんだぁ?反応が悪ぃな。......あ、金か?...金ならよ、フィオくん、君、赤鼻通りで働いてんだろ?ならそれぐらいの金、一週間もありゃ稼げんじゃないの?」 「......いえ、僕は、店の下働きです。......娼夫ではありません......」 「......はっ?ははは!なんだ、お前童貞なんかよ!」 アントリスはさらに上機嫌に続ける。 「おーおー、そんじゃ得したな! ショタコンの変態ババア相手に売りしてみろ。童貞って信じてもらえりゃ3万くれぇ一晩で稼げるかもな!」 「......」 「嫌か?まぁー嫌か。男を買う連中なんざお前からすりゃみぃんなババアだ。ババア相手の売りなんざ吐き気がするよな」 うえっと舌を出すように、言葉を吐き捨てる。 「まぁ嫌ならしょうがねぇな。アルマはまた来年にでも頑張ってくれや。おっとまだ年は明けてねぇから再来年だったな、ははっ」 そうこうするうちに教会の下の坂につく。 「ここでいい。送ってくれてあんがとよ。まだ酒がちぃと抜けてねぇもんでな......。このまま教会に帰るわけにゃいかねぇ」 アントリスは頭痛がするのか両手の親指でこめかみを抑えている。 「その気になったら3万リル持って教会のあたしの部屋までくんだな。試験監督の交代を教会に申し出る必要もある。......そうだな、年明けから一週間がリミットだ。それ以上は待たねぇ」 「......はい......」 フィオはアントリスの顔も見ずに会釈し、アントリスは手をあげて応じる。フィオはそのまま背を向けて下宿へと帰り始めた。 あぁ、そうそう。と思い出したようにアントリスはフィオの背中に声をかけた。 「あなたの行く末を光が照らしますように」 === FILE: 小説/1章/010_チャンス === 「できん...。悪いが、諦めろ」 それがローズさんの答えだった。 今日、フィオは2万5000リルの給料を前借りできないか相談しにきていた。この三カ月で溜めた貯蓄(生活費)からしぼり出すのは5000リルが限界だった。 今の給料のままではアントリスの提示した期限に間に合わないのだ。 「...なら、娼夫として働かせてください...!」 「それもできん」 ローズは大きな腕を机の上で組んでいる。指で机をトントンと叩く様子からは苛立ちが見て取れた。 「......いいか、お前は娼夫として場に出さん。そして、理由も言えないやつにそんな大金を貸すことはできん。他の娼夫たちに示しがつかんことくらいは分かるだろう」 ハッキリとした理由を言わないフィオに対して、ローズはあくまで穏やかに理由を聞き出そうとする。 「なぁ、なぜ3万リルもの大金が必要なんだ?そんな大金、俺だってすぐに稼げる金じゃない。単純に金が欲しいというわけではないんだろう?」 フィオは、一瞬本当の理由を言おうか迷った。だが、アントリスは仮にもこの街のシスター。彼女から不正入試を持ちかけられたなどと言っても、ローズはそれが本当だと信じていいのか分からないだろうし、たとえ信じてもらえたところで、取引に反対されて貸してもらえないだろう。 この話をローズに相談するのはリスキーだ。 「...フゥー...。...以前から考えていたことが、フィオの働きぶりは高く評価していてな。給料を上げようと思っている。一日あたり300リルでどうだ?もちろん、その日に応じて色もつけるつもりだ。......レガン市での子供の給料としては破格だとは思うが」 それで納得しろ、と言わんばかりの圧がローズから放たれている。 「はい......ありがとうございます」 「......まぁ無駄遣いをすることもなければ、3万リルぐらいはそのうち溜まるさ。なにか買いたいものがあるのなら、それからにしろ」 本当のことを言うべきかどうか、果たしてそれは信じてもらえるのか...、フィオは悩む。 「......夜も入らせてもらえませんか?」 ローズは、フゥーといつもの溜息を付きながら天井を見上げる。 「わかった。夜も入った日は500リルだ。......ただし、夜は客の前には出るな。それが条件だ」 「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」 結局フィオは金が必要な理由を相談することができないのであった。 ◇ なにも状況が好転しないまま年があけた。 アルマは変わらず神魔法ができないままだった。下宿でもずっと経典を読むのと瞑想をするの繰り返し続けている。 稼ぎに関しても状況はよくない。このペースだと1週間後に3万リルを持っていくのは不可能だ。 「フィオ、パイを2つ切りわけてくれ。それとホットワインも2つ。片方はショウガを多めだ」 「はい!」 夜に働きに出ることに関しては、『アルマの練習の邪魔になるから』と理由を付けて納得してもらった。 しかし、それでも1日500リル。その中から2万5000リルを捻出するにはどれだけ切りつめても2カ月以上はかかる。 (なにか、今の仕事以外でお金を稼ぐ必要がある) フィオはここ最近ずっとそんなことを考えている。 「いやー、年明けは忙しいこって」 パイとホットワインを客のところへ運び終えたソレルが戻ってくる。 「さすがにホットワインぐらい俺らにだって作れるわ。ローズさんのやつ馬鹿にしやがって」 本気で怒ってるわけではない。こういう軽口はソレルなりのコミュニケーションだ。 厚手のマントを椅子に掛けた客が、パイとホットワインを娼夫と楽しんでいる。その様子をフィオはカウンター越しに眺める。娼夫の顔はうれしそうに見えた。 食事を楽しんだ後は、客は娼夫と連れ立って受付の方へと歩いていく。フィオは客対応をしない約束のため、ソレルが宿の受付に向かった。 「それじゃあ、部屋を貸してもらえるかしら」 「えぇ、楽しんで!」 最後の客だった一人と店の娼夫が連れ立って2階へと上がっていく。 一階の店内はソレルとフィオの二人になった。 「やっぱり楽しいんですか?」 「んなわきゃねぇだろ」 最近フィオは稼ぎのよさそうな娼夫たちの仕事に興味を持つようになっていた。 休憩時間に聞く娼夫たちの愚痴からも、――たまにぞっとする話が混じるものの――面白おかしく語る彼らの様子からは、本当は楽しんでやっているのではと感じる瞬間もあるのだ。 「ソレルさんはなんでこの仕事を選んだんですか?」 「......」 最初ソレルは聞こえないふりをしているようだった。 フィオがじっと見ているとソレルは溜息をつきつつ、答えてくれた。 「...金のためだ。それ以外にはねぇ。能力のねぇ俺には他に仕事なんかねぇんだよ。......田舎に帰るのも怖ぇ。田舎は嫌だっつって飛び出してきちまったからな。いまさらあそこに俺の居場所なんかねぇ」 ソレルはフィオに目を合わせることはせず、ゆっくりと話し続ける。 「もしかしたら、なにか頑張りゃ他の仕事ができんのかもしんねぇ。でもだからといってそれを頑張るほどこの仕事がしたくないってわけじゃねぇ。......できるって保証もねぇし」 感情を消して淡々と話す様子は、フィオをいたずらに怖がらせないようにしているようにも見える。 「そうやって、あれもねぇ、これもねぇって選び続けた結果、俺はこの仕事を選んでんだ。参考になったか?」 そしてソレルはおどけるように自嘲気味に笑った。 「娼夫に夢を見てんじゃねぇよ。やめとけ。戻れなくなる。な?」 「......はい」 静かで、優しそうな響きながらも、ソレルの言葉には反論を許さないなにかを感じた。 ◇ その後、二人で酒場の営業を続ける。ソレルは先ほどの会話などなかったかのように時々軽口を飛ばしながら元気に働いていた。たまに客から誘われるが、『酒場の最後の店員だから』と上手く誘いを断っていた。 そうして働いているうちに、赤鼻通りの賑わいも落ち着きを見せ始める。通りの女性達はもう帰るか、どこかの宿に入るかしている頃だろう。 大体いつもこれぐらいの時間になったところでフィオも帰宅する。今日もいつもの通り報告とお給金の受け取りを兼ねてローズの部屋まで向かおうとした。 「もし」 静かな店内に来訪客の声が通る。 店の入り口に立っていたのは執事服を着た女性だった。年のころは17、8くらいだろうか。凛とした雰囲気の中に幼さが残っている。 赤鼻通りで普段見かけるような付き添いの執事とは違って帯剣している。それに彼女は見たところ一人のようだ。人通りの少なくなってきた時間ということもあいまって妙な緊張感が漂う。 「出会い酒場ローズというのはここで合っているだろうか」 ソレルは突然の来訪に一瞬驚きながらも、すぐに調子を戻して対応を始める。 「......え、えぇ。あっていますよ。お食事ですか?男はもう出払ってるんで、男をご所望ならよそを当たってくださ――」 「主人を呼んでくれるか」 威圧するでもなく淡々と告げる執事。単に店を利用する以外に、何かしらの目的があるのだろう。 「......フィオ、ローズさん呼んできてくれ」 フィオはコクリとうなづいて、奥のローズの部屋へ向かった。その背中を興味深そうに執事が眺める。 「あんな子供までいるのだな」 「ま、まぁ、あいつは見習いみたいなもんで。接客はやらせてません」 「......そうか」 背後で二人が会話をしているのを聞きながら、扉に『コンッ、コンコン』と特徴的なノックをする。客がローズを呼んでいる時のサインだ。 ローズはフィオのノックには声を出して応じず、ピシッとした装いですぐに部屋から出てきた。 「わたくしが当店の主人のローズと申します。レディ、何か御用でしょうか」 この異質な来訪者を見ても一切動じることはなく正面から要件を尋ねるあたり、ソレルとは踏んできた場数が違うのだろうということがうかがい知れる。 しかしどうやらこの執事は、そんなローズからしてもやばい客だったようだ。 「ふむ。......私はこういうものなのだが」 執事が腰に帯びていた剣の柄をローズに向ける。 「......っ」 剣はすぐにおろされたのでよくわからなかったが、柄にはなにかの花の印章が彫られているようだった。その印章を見たローズは口をパクパクとさせ、次の言葉を発することができない。 「これからお嬢様がここをお使いになられる。お嬢様がお選びになる男を何人か用意してくれ」 (お嬢様?) お嬢様という単語からこの執事は護衛だったということが分かる。 「い、いや、今は年明けで客足が多く、娼夫たちはすでに出払っておりまして…、申し訳ないのですが、男はここにいるソレルと私ローズのみとなっております…」 「ふむ、そちらの子は?」 「あ、あの子は娼夫ではございません」 「主人の息子か?」 「…。…そのようなものです」 「そうか」 執事は簡単なやり取りをして、ローズとソレルをさっさっと目視で確認する。 「2人だけか......、うんん......。まぁいい。…とりあえずそちらの2人は必要な準備を済ませておくように。あぁ、この後の酒場の売り上げ分の支払いはするから、心配するな。…それでは、おい、そこの。小さい君」 フィオはカウンターの奥に控えていた自分が呼ばれていると気づき、接客に応じて良いものか逡巡するが、ローズが動揺するほどの相手ならそんなことも言ってられないかと、応じることにする。 「はい、なんでしょうか?」 「この宿の一番いい部屋へ案内してくれ」 ◇ その後、ローズとソレルは酒場の店仕舞いを手早くこなし、化粧室に入って準備を始める。ローズはやや青ざめた表情で、ソレルは何が起こっているのか分からず混乱している様子だ。 フィオは執事を連れて、3階の一等部屋へ。 「先ほど君は娼夫ではないと聞いたが、…何か理由があるのか?」 ふと執事に尋ねられる。 「ローズさんに止められていまして」 詳しく説明するものでもないと思うので、簡潔に答える。 「ふむ、年齢に関することか?…君自身はこの仕事がやりたい、と?」 予想外に会話を続けられる。 穏やかな口調のはずの執事から、なにかを鋭く観察されるような気配を覚えた。 「え、えぇ。いずれは。お金は、必要ですから」 「ふむ」 執事は一つ納得したようにうなづく。そのあとすぐに観察されている気配は薄れた。 一等部屋につくと、フィオが鍵を使って先に中に入る。部屋内に異常がないことを確認してから一度出て、執事を部屋に通す。 部屋の中は明るくしすぎないように、数個の灯りだけが灯っている。 廊下までは時折響いていた嬌声だが、扉を閉めると同時に外の音が一切聞こえなくなる。音を遮断する魔道具を使っているらしい。密談などにももってこいの部屋である。ほとんど使われることはないのだが。 室内の調度品は上等なものを備えており、部屋に備え付けの専用の露天風呂までついている。もちろん、このように豪華なのはこの部屋だけだ。 「おぉ、正直この国の売春宿に期待などしていなかったのだが…、聞いていた通りだな。これは素晴らしい」 この様子からして、誰かの紹介でここへ訪れたようだ。それにしても隣国にまで名前が轟くほどこの店は有名なのだろうか。 「それではお連れの方がいらっしゃるまで、こちらの部屋でお待ちください。私はこれで失礼いたします」 「いいや、ここに残れ」 執事は表情を変えるでもなく、淡々と告げる。 「妹のために金が必要なんだろう?」 「なっ……!!?」 消音魔術により無音になっている室内で、自分の鼓動の音だけがいやに大きく聞こえる。 「……、どちらで…そのことを……?」 アントリスが言いふらしているのだろうかと一瞬頭をよぎるが、彼女にとってもこのことが他人にバレるのはまずいはずだ。 「さぁな。誰かから聞いた訳でもないし、君のことはさっき初めて知ったとだけ言っておく。……いや、驚かせてすまない」 少々バツが悪そうにはしているものの、相変わらず表情が読めない。 「まぁ、なんだ。偶然振ってきたチャンスだと思え。妹を救うための、な」 === FILE: 小説/1章/011_お嬢様 === 自分のことを知る謎の執事と少しの時間を一緒の部屋で過ごす。 先ほどの会話の後、執事はフィオと一言も会話することなく目を閉じて直立不動だ。 たまに独り言を話すかのように、そうだ、とか何やらぶつぶつと呟いている。 フィオはというと、ちらちらと執事の様子を伺いながらも部屋から出るわけにもいかず、気まずい気分だった。 そうしていると静かな部屋にノックの音が響く。消音の魔道具があるとはいえ、ドアから発する音はそのまま響くようだ。 「入れ」 「失礼します......」 入ってきたのはローズとソレル。二人とも娼夫の服に着替えており、化粧をし直している。ローズはよりダンディに、ソレルは男らしさを抑えるように仕上げてきたようだ。 しかし、ローズの姿は緊張しつつも堂々としているのに対し、ソレルはかわいそうになるほどガチガチになっている。顔ははっきりと青ざめており、今すぐにでもこの場から逃げ出したいと言うように目線が落ち着いていない。 フィオがそんな二人の姿を見ていると、ローズがフィオに気づいた。 「?......フィオ?案内が済んだのなら出ていなさい」 「あっいや、それが――」 フィオが答えかけたところで執事が遮る。 「そのことだが、主人。彼には私がここにいろと命じた」 執事はなんでもないことかのように淡々と告げた。 「え、......いや、しかし彼はまだ子供で」 「それが?」 それだけ言うと、ローズへ目を向ける。またあの鋭く観察される感じだ。 「......あぁ、なるほど。自分の幼い頃と重ねているのか?」 「...っ」 ローズにハッキリと動揺が現れる。しかしローズには折れる気配はない。 「ふぅ、わかったわかった。何をそんなに気にしているのか......、私たちの国では別に普通のことなんだがな。......主人と...ソレルといったか。君たち2人はそこで並んでおくように」 執事はやれやれといった様子でローズとの会話を打ち切ると、今度はフィオに目を向ける。 「私の後ろに控えていなさい。もう直にお嬢様がいらっしゃる」 ◇ しばらくして、仮面をつけたドレス姿の女の子がもう一人の執事の女性に連れられて部屋に入ってくる。案内もなしにこの部屋まで入って来られたことに疑問を感じていたが、それよりも見た目のインパクトに思考が持っていかれた。 おそらく素顔を見てもフィオではその素性は分からなかっただろうが、仮面をしていることからもそれなりに高い身分の人なのだろうということはわかった。 「お待ちしておりました、お嬢様」 「良い部屋ね。私の部屋以上じゃない?さすが、お姉さまが絶賛するだけのことはあるわ」 お嬢様をみて一瞬緊張をほぐした様子のローズだったが、お姉さまというフレーズを聞いてまたもや緊張が走ったようだった。 「お嬢様も露天風呂をお部屋にお造りされますか?」 「え、うーん、いらない。......あんな部屋だと落ち着かないでしょ......」 お嬢様はベッドに腰掛けて2人が立って並んでいる正面へと向き直る。 執事の話しぶりからして、そのお姉さまとやらは自宅の部屋に露天風呂をつくったようだ。このお嬢様もそれを使ったことがあるのだろうか?なんにせよ、自室に風呂を作る検討ができるくらい超大金持ちということはわかった。 「お嬢様、ではこちらから今夜お嬢様の封切りを担当する娼夫をお選びください」 (封切り?) しばしお嬢様と執事のやり取りを眺めていたフィオだったが、視界の端でソレルの様子があからさまに変化したことで意識がそちらへ割かれる。 部屋に入って来てから一言も発さずカタカタと震えていたソレルだったが、執事の先ほどの一言でさらに震えが激しくなったようだった。 (ソレルさん、そんなに嫌なの......?可愛いのに) フィオと同い年か少し上くらいに見える少女は仮面で顔の上半分が見えないものの、かなり美少女のように見える。スタイルはまだこれからといった感じなのだろうが、別に太っているわけでもなく、やせすぎているわけでもない。執事とのやり取りからも、嗜虐的な様子はなく、いつも娼夫たちが話をしている『見ただけでチンコが震えて縮こまる化物女』という感じはしない。 ただなんにせよ、フィオからするとそうは思えないのだが、ソレルにとって彼女はその『化物女』と同等かそれ以上の存在なのだろう。 そんなソレルの様子を見ているお嬢様も少し不満そうだ。それはそう。誰だって初対面から自分を嫌がっている人のことを好きになどなれない。 「ねぇヴィオラ、娼夫はこの2人だけ?」 この執事はヴィオラというらしい。そういえばさっきのことで気が動転して名前を尋ねることを忘れていた。 「えぇ、新年ということでなかなか繁盛しているようですね。他の娼夫たちはすでに買われたようです」 「......うーん、お忍びで来るのはまずかったかしら」 仮面のせいで感情を読み取るのは難しいが、言葉だけでも残念そうにしているのが伝わる。 「でしょうね。やはり、気にされなくていいのでは?」 「お茶会のたびに処女だって馬鹿にされるのはもうたくさん。あのお茶会で処女なの、もう私だけなんだから」 ヴィオラは少し面倒くさそうにしているようだ。 「馬鹿にはされていないでしょう?気にしすぎでは?」 「私そっちのけでセックスの話に興じているのに?いちいち、『あそういえば、まだでしたわね』みたいに口をつぐむのがムカつくのよ」 フィオは高貴な方々のお茶会はもっと優雅な話をしているものだと思っていた。 「はぁ。それでは、どちらの男になさいますか?」 これ以上たしなめても無駄だと悟ったようで、そこで話を切ってお嬢様に選択を促す。 「そっちの大きな男は、お姉さまがいつも言っているあのローズでしょう?お姉さまが囲おうとしている娼夫を抱くのはちょっと。というか私、マッチョってあまり好きじゃないの......」 (なんと......) ローズはこのお嬢様のお姉さまのお気に入りらしい。道理で赤鼻通りできゃあきゃあ騒がれるような人気があっても誰もローズを指名しようとしないわけだ。 「それではこちらで?」 ヴィオラはそういってソレルの方を手で指し示す。 「うーーーん......。そっちの人は......そんなに私のことを怖がっていたら勃たない気がするけど」 「ふむ、薬で無理やり勃たせるという方法もとれますが?」 目の前で強引な手段も検討されていることで、ソレルの震えは一層激しくなる。消音の魔道具があっても下の部屋まで響いているんじゃなかろうか。 「いい、いい。怖がられているって考えただけでこっちが萎えてくるわ。それにそもそも顔もなんか、微妙......」 一応フォローしておくが、ソレルは自己分析が少々過大気味なものの、普通にイケメンである。 ずいぶんと好みが激しい女性のようだ。 「......はぁー。どっちにしようかなぁ」 だが好みがどれだけ激しくとも、お嬢様はその封切りとやらを今夜どちらかにお願いする必要がある様子だ。 もちろんヴィオラの様子からもそれはただのお嬢様のわがままのようだが。 お嬢様が嘆息交じりでローズとソレルを交互に見比べている中、ヴィオラはさりげなく立ち位置を変更した。 そうしたことでヴィオラの後ろに控えていたフィオをさえぎるものがなくなり、お嬢様の目線がハッキリとフィオに向けられる。 「ん!?......君は?」 なんと答えていいものか迷うが、娼夫ですというわけにはいかない。 「......お部屋の準備をさせていただきました、この店の従業員です」 「ああ、違う違う。君はここの娼夫?男の子だよね?年はいくつ?君も選んでいいの?」 息を吹き返したかのように矢継ぎ早に質問を繰り出し始めたお嬢様にフィオが面食らっていると、ローズが会話に割り込んできた。 「お、お待ちください」 「なにかしら?ローズ?」 お嬢様は仮面の下のニヤついた表情をフィオに向けたまま、ローズの言葉に返答する。 「......この子は、娼夫ではありません」 「ふぅん」 再びお嬢様からローズへ向けられた視線に、今度は冷たさが混じる。ローズはその視線に緊張しつつも立ち向かっているようだ。 しかしお嬢様はローズを一瞥した後、またもやフィオに視線を戻して質問を重ねた。 「ねぇあなた、子供なのに新年に、しかもこんな時間まで売春宿で働いているなんて、そんなにお金が必要なの?」 「......」 フィオは何と答えて良いものかわからずローズを見たところ、ローズは首をぶんぶんと横に振っていた。『肯定するな』という意味だろう。 しかし金が必要なのは本当だ。ローズの想像よりもずっと、今のフィオは金に困っている。 フィオは否定するべきか、肯定するべきが逡巡していたが、傍から見ればその様子は答えるまでもないようだった。 「ふふっ、わかりやすいわね、あなた」 「この男の子にするわ。ローズと...えーと、そこの人は出てっていいわよ。あぁ、ついでに飲み物を持ってきて」 ローズはお嬢様とフィオの間に入り込む。その背中からは極度の緊張が感じ取れた。 「この店の主人として、子供に売春をさせるわけには――!」 「......はぁ.......。じゃあ、いいわ。今夜私がこの子を個人的に買うから。ここ以外の宿にいく」 お嬢様はイライラを隠そうともせず、もうそれでローズとの話は終わりだとばかりに一方的に告げてベッドから立ち上がると、フィオのもとへと歩いてくる。 近づいてきたお嬢様の顔はやはり整っていて、仮面の下からでも分かるほどの美少女だ。 「お嬢様、この宿以外の場所はなかなかにひどい環境だったとサレオリア様はおっしゃっていましたが、よろしいので?」 「......うーん、まぁいいかしら。多少汚くても。今日は気にしないことにする」 「承知しました」 少し心配する様子のヴィオラだったが、お嬢様の意志が固いことを確認するとローズにも確認を行う。 「主人。どちらにせよ買うことは決まったわけだが......、私としてはこのままお嬢様にこの部屋をお使いいただいたほうが、悪い結果にはならないように思うぞ」 もうそれ以上言葉を紡げずに、折れるしかなかったローズであった。 === FILE: 小説/1章/012_君の名前は === それからローズとソレル、もう一人の執事の女性が退室したあと、部屋の中はお嬢様とヴィオラとフィオの3人だけになる。 お嬢様はその様子を無言で眺めた後、服を脱いで(下に着ていたのであろう)ナイトドレス姿になると、一息ついて仮面を外す。 仮面の上からでもわかっていたことだが、やはりかなりの美少女だ。まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちだが、これからどんどんと美人に成長していくだろうことは想像に難くない。 そしてこれもやはりというべきか、その顔に見覚えはなかった。高貴な身分の方なら、もしかすると顔を知っている可能性があったが、向こうが知らない時点で大体予想はついていた。 お嬢様が脱いだ服と外した仮面をヴィオラが受け取り、下がる。しかし部屋の外までは行かずに室内で待機をするようだった。 (......?) このままそこに居続けるのだろうか?とフィオが不思議がっていると、ふとお嬢様の方からねっとりとした視線を感じる。 お嬢様はベッドに腰かけ、ニヤついた顔で、フィオの姿を頭のてっぺんから足先まで――股間当たりを特に重点的に――じろじろとみている。 「ほっ、ほら!こちらにきなさい」 十分な時間をかけてひとしきり眺め終わった後、お嬢様は自分の隣をポンポンと叩く。座れということでいいだろう。 「失礼します」 フィオは一言だけ発して、お嬢様の隣に腰掛ける。 「ふぁ......、いい匂い......」 お嬢様が小声でつぶやく。隣に密着しているので丸聞こえだが、自分から感想が漏れたことにも気づいていないかもしれない。フィオの匂いをすんすんと嗅いでいる。 いつも出勤するときにトルトレイアの花の香油を付けているので、その香りを気に入ったのかもしれない。 フィオはフィオでアルマ以外の女の子と密着した経験などなかったため、隣の女の子が発する女子の匂いにドキドキしてしてしまう。 「あ、そういえば。僕、初めてなんです。なので......その、失礼があったらごめんなさい」 経験が浅かったことによる失敗談は、店の娼夫たちからもたくさん聞いていたので、ここは先にしっかりと伝えておかなければならない。 「はっ、はじめて!?......あ、え、と、娼夫として働くのが?ってこと?だよね?」 「あの、どちらも、です。娼夫もですし、......セ、セックスも」 「......」 お嬢様はフィオの言葉にピシリと時を止めた。フィオはというと、恥ずかしい宣告をさせられたことで顔を赤くしてそむけている。 「ご、ごめんなさい。一生懸命頑張りますので」 「ううん、いいのよいいのよ!全然心配しなくていいの!全部私が頑張るからね!任せておいて!」 (よかった......。嫌がられてはいないみたい) 顔の赤みが少し落ち着くまで待ってからあらためてお嬢様の顔を見る。 クリっとしていて鮮やかで綺麗な緑の瞳――所在なさげにあちこちを動き回っている。先ほどから指でいじいじちょんちょんと触っている髪は、肩のあたりに整えられてサラサラ、毎日きちんと手入れされているのだろうということがわかる。 (やっぱり、綺麗だ) フィオがしばらくお嬢様の顔をじーっと見ていると、お嬢様から声がかかった。 「あー、そういえば、えーと、さっきの娼夫は......その......私のことをずいぶん怖がっていたみたいだけど?」 先ほどローズを前にしていた時の自信はどこへやら、どもりながら突然雑な会話を振ってくるお嬢様。 (謝ってほしい、ということでいいのだろうか?) 内容からしておそらくソレルのことを指しているのだろう。本人的にはどうしようもなかったとは思うが、確かにあれは失礼な態度ともいえる。 「そうでしたね、当店の娼夫が大変失礼をしました......。不快な思いをさせて申し訳ございません」 「あっいや、その。違う違う、怒ってないわ!全然大丈夫!」 (???) 意味が分からず、不思議そうにするフィオ。その様子を見てお嬢様は質問の仕方を変える。 「あ、あなたは......女が......、私が、怖くないの?って聞いてるの」 なるほど、とフィオは理解した。 「はい、怖くありません」 嘘ではない。自分でもどうなるのかわからなかったが、今のところ怖くない。 「......でも、少し緊張はしています。落ち着いて、まずはゆっくりお話でもしませんか?」 これも事実。フィオもはじめての娼夫仕事のため結構緊張している。 そしてフィオが緊張している原因の一つには、この目の前のお嬢様の情緒不安定な様子にもあるため、お互いのためにもまずは緊張をほぐす目的で会話をしようと提案する。 これも店の娼夫から聞いたテクニックだ。 「そっ、そうね」 あちらに会話を任せていてはさっきのようにとっちらかる気がしたため、落ち着くまではフィオから会話を振ると決める。 「まずは、そうですね、お互いの名前もまだ知りません。簡単に、名前だけでも自己紹介をしませんか。......、えー......」 しかしフィオは自分で言っておきながら、一瞬考え込んでしまう。 ここで突然だが、ローズとソレルはどちらも偽名である。というより源氏名という表現の方が正しいだろう。娼夫たちは本名で働いているわけではない。 しかし、今日ここにいたるまでフィオは娼夫として働く予定などなかったため、自分の源氏名など考えていない。 と、ふとそこで、最近よく目にしていた名前で名乗ることに決めた。 「僕はトルト...レイアといいます」 香油の花の名前だ。名前負けしているようで少し恥ずかしい。 視界の端でヴィオラがくすっと笑うのが見えた。 「トルトレイア......、素敵な名前ね」 お嬢様は顔を赤くして視線をフィオの斜め下あたりで泳がせまくっている。 「お嬢様のお名前も、お聞かせいただけますか?」 「わ、私は、ナプティリスよ......。この部屋では好きに呼んで頂戴」 こうしてナプティリスとトルトレイアの夜が始まった。 ◇ (やばいやばいやばいやばいやばいやばい......!!) ナプティリスは内心おだやかではなかった。 チラリと顔を見るとニコっとこちらへ笑みを返してくれる男の子。 (トルトレイアくん、かわいすぎる......、しかも) 0.3秒も見ていられない。目が合った瞬間、彼の足元へ目線を下げる。 (今から私、この男の子を抱くの?マジで?) 最初この部屋で2人の娼夫を見た時はかなりがっかりしていたナプティリスだが、ヴィオラの後ろに隠れていたトルトレイアを見つけたときからテンションは爆上がりだ。 (......しかも、童貞......!) さらにこれにも驚いたものである。まさかこんなお宝がいたとは。秘められた財宝を手にした冒険者はこのような気持ちだったのだろう。 と、そんな感じで考えていたところにフィオから声がかかる。 「ナプティリス様、なにか飲まれますか?」 あなたの唾液を飲ませて頂戴――なんておばさんくさい冗談が頭をよぎるが、決してこの男の子に引かれるわけにはいかない。 「お、お酒をもらえるかしら」 トルトレイアは「はいっ」と軽やかに返事をして、いつの間にかヴィオラの近くのテーブルに用意されていたワインとグラスを取りに向かう。 その背中を穴が開くほど凝視していたナプティリスだが、ヴィオラが視界に入ったことで少し冷静さが戻る。 今は一応、トルトレイアが飲み物になにかしないかなどを観察しているのだろう。 (そうね、トルトレイアくんと二人っきりじゃないから大丈夫......!落ち着くのよ......) 彼女はあくまで護衛だったり、ナプティリスのセックスが本当に行われたかどうかを確認するためにここに残っているので、ナプティリスを落ち着ける目的でこの部屋にいるわけではないのだが、思わぬ形で役に立っているようだった。 「お待たせしました」 トルトレイアがグラスを2つ持ってこちらへやってくる。ワインと、おそらく果実水。果実水はトルトレイアのものだろう。 こういう時は娼夫と一緒にお酒を楽しむのがマナーとお茶会知識で得ていた(ワインを頼んだのも実はこれが理由だったりする)ので、興味本位で尋ねてみる。 「君はお酒は飲まないの?」 「えぇ、『勃ちが悪くなる』と先輩方から聞いていまして」 「......ふ、ふぅ~~ん」 男の子の口から『勃ち』などとセンシティブワードが飛び出したことでまた鼻の穴が広がってしまう。それになんだかお茶会メンバーよりもさらに深い知識を知れたような気がしていい気分だ。 (エッロいな......。男のくせにもうセックスのこと考えてるの?) ちなみにナプティリスはずっとそれを考えている。 「僕もお酒を飲みましょうか?」 「ううん、わ、私も果実水にするわ」 トルトレイアはくすっと笑うと、持っていた果実水のグラスをナプティリスに渡し、テーブルの方へ飲み物の交換に向かう。 (......) ナプティリスは今度はその姿を目で必死に追いかけることをしていない。 いまさらながら彼を視界に入れていると集中できないことに気づいたので、目を閉じ、その灰色の小さな脳細胞を活動させて、どうやってセックスまでのムードを高めるかを考え始める。 「お待たせしました」 (早いって――) 考える間もなく、果実水のグラスを持ってきたトルトレイアが再び横に座る。 「あのー、えー、そのー......」 「?」 トルトレイアは首をかしげている。 (乾杯だわ、なにか、なにか言わなければ!......『今日の素敵な出会いに』とか、なんかそういう......) このままでは何も思いつかず、なし崩し的な雰囲気でセックスを始めるかもしれない。それはそれでありかもしれないが、ちょっと嫌ではある。 「......。......それじゃ、乾杯しよっか」 しかし結局いいセリフも思いつかないまま乾杯。2人で軽くチンとグラスを合わせて果実水を飲んだ。 (......ふぅ) 極度の興奮と緊張と間違った知識により、先ほどから空回りしている自覚はあり、ちょっと落ち込み気味のナプティリス。なかなか思うようにエッチなムードを作れない。 (なんか、悔しいな......。......でも、うーん、どうするか) ゆっくり果実水を飲みながらトルトレイアの攻略ルートを考える。 (あんまがっついてるって思われるのもなぁ......) それは手遅れであろう。 そうしていると、気づけば彼が隣でちょっと前かがみになっていることに気づく。少し気まずそうな雰囲気も感じる。 「?......ど、どうしたの?大丈夫?」 「え!えぇ、ごめんなさい。大丈夫、大丈夫です」 「大丈夫じゃなさそうだけど」 ふと、トルトレイアの下腹部あたりに視線を落とすと、股間に立派なテントがはられているのを見てしまった。ナプティリスは初めてみる男の勃起に衝撃を受ける。 トルトレイアもナプティリスにバレたことが分かったようで、もじもじし始めた。 「はしたなくて......、ごめんなさい。......そのナプティリス様とくっついてると、あの、体が勝手に反応しちゃって」 (......、......!!............!) 頭の中で言葉にならない思考が激しく飛び交う。 「ナ、ナプティリス様が、その、可愛くて。今からこんな人とできるんだと思うと、その......」 ナプティリスのなにかがはじけた。 === FILE: 小説/1章/013_初夜 === 「ナ、ナプティリス様が、その、可愛くて。今からこんな人とできるんだと思うと、その――」 そこまで言いかけたところで、フィオはものすごい力でベッドに押し倒されてしまう。 「うわ、......んぐっ!?」 ナプティリスは無言のままフィオの上に覆いかぶさるように乗ると、両手で頭を固定して、強引に唇を奪った。 「......んちゅる、ずじゅ......。はぁ......はぁ、......これが、男の唾の味」 「ナプティリス......様......」 ――興奮と女の子の匂いで頭がくらくらする。すでにガチガチだったペニスがより一層硬度を増すのがわかる。 ナプティリスはエメラルド色の綺麗な瞳――情欲で染まりきった瞳でフィオを見つめていた。 ナプティリスのまとう空気が明らかに変化したのを感じた。 「トルトレイアくんが悪いんだからね」 ◇ 突然だが女と男のあれこれの話をする。 男は魔力が少ないうえに発露も下手くそな人が多く、見た目の筋肉はどうあれ、身体的に弱い人が多い。その一方で女は魔力が多く、発露も比較的得意な人が多い。 そのためどうしてもいざケンカや争いとなれば女が勝つ。全員とは言わないが大男を一瞬で血祭りにあげることができる女児がいたるところにありふれているのだ。 インドアな男が多いのもこのためである。力仕事は大体女性の仕事のため外に出る必要があまりないし、下手に外を歩いて誘拐でもされそうになったところで抵抗は不可能だ。外に出るときは猛獣達にあまり目を付けられないようにさっさと目的を済ませて帰宅するのが良い男の規範ともなる。 しかしこれは女達からすればそれもまたちょっと誤解だ。彼女らからすれば別に女は猛獣じゃない。見た目が完全に好みの超絶イケメンが隙だらけで歩いてたって見境なく襲ったりなどしない。――声くらいはかけるかもしれないが――。普通に人としての倫理観は持ってるし、その男が自分よりももっと強い女の持ち物という場合もある。 というか普通に嫌われるのが怖い。 人口比率は女5人に対して男が1人。黙ってればこっちが余るし、かといって強引に手を出そうもんなら男内のコミュニティーで悪評が拡散されて、その後の恋愛が絶望的になるコースなどザラにあり得る。それに『我こそ男を守る騎士なり』といった他の女からも攻撃され始める。 そして別に、世の男性は遺伝子レベルですべからく女性が嫌いなのではない。遺伝子レベルで刻まれているのは女は怖いということだけだ。男性も普通に女性を好きになるし、普通に性欲も沸く。かなり薄いが。 なので、一般的な女性はほぼ全員が一度は必ずこう思う。 『正当に恋愛がしたい』 別に変な方法をとらなくても男は振り向いてくれる。男に乱暴せずに、高望みもしなければいずれ自分にあった男が見つかる、そういう人の1人や2人いるもんだ、いつかそういう男を獲得してやるんだ――、と。そのためには極力変なことはせず、男性から好かれる女性として過ごそう、と。 庶民ならそれでいいのだ。恋愛結婚を目指すならこれが正解だ。以上、女と男の話。 「はぁ~、トルトレイアくん、さいっこう……♡」 そしてここに邪道に堕ちた女が一人。 ぱんっぱんっぱんっぱんっ―― 新年早々、娼館で、年端もいかない好みの男の子を半ば強引に買って淫蕩にふける。男の子の履物とパンツを豪快に破き、ベッドに抑えつけ、無理やり唇を奪い、相手のことなど気にせず、無言で交尾を始めて、全体重で腰を振る。 店の主人による反対も、実家と姉をチラつかせて黙らせるという見事な役満だ。 ナプティリスは現在、極度の興奮により痛みなど感じていない様子だ。なんならシチュエーションに酔っているだけで、セックスで快感を得ているのかは疑問であった。 「あっ、あっ、気持ちいい、気持ちいいですっ……、ナプティリス様」 そしてこの状況を加速させてしまう要因がこちらにも。フィオはというと、自分の上で腰を振っている暴走女に恐れを抱くどころか、その状況にさらに陰茎を太く固く熱く滾らせ、女の本気のストロークをその股間でしっかりと受け止めていた。 「おぅっふ……、んっ、んっ、ねぇ、トルトレイア?……あなた、こんなに乱暴されておいて、なんでどんどんおチンポを固くしているのかしら?」 「うっ、ごめんなさい、ナプティリス様の|膣内《なか》が、その、気持ちよすぎて……あの、自分でも抑えられなくて、ごめんなさいっ……」 「~~~っ♡」 さっきからこの調子である。 (ま、大丈夫そうか) お嬢様のあまりの暴走っぷりに最初は止めに入りかけたヴィオラであったが、フィオを見て杞憂とわかってからは落ち着いてその様子を――、いや内心穏やかではく2匹の珍獣を見る目でその行為を見ていた。 (それにしても、すごい……) リパシア精霊公国の大公家の第三王女であるナプティリスは今の年齢の段階で、すでに近くの大人の女戦士を威圧させるだけの魔力圧を垂れ流している。自分から意識して消さなければいけないほどだ。ナプティリスに相手を殺すつもりがないとは言え、普通の男なら近づくだけで命の危険を感じざるを得ない。ましてや暴走中のナプティリスを相手に興奮できる男がいるということはヴィオラに少なからず戦慄を覚えさせた。 (さすがはサレオリア様おすすめの店、だな。デビュー前の娼夫ですらこのレベル……) と、そこまで考えてかぶりを振る。 (いや、先ほどの若い娼夫はナプティリス様を前にして震えていた。ローズもサレオリア様によって多少は慣れ"させられ"ているとはいえ、ナプティリス様の圧に対して身構えている様子だった……。特殊なのはこちらの男の子の方か……) あらためて、目の前でナプティリスの豪快な腰振りを一心に受け止めながら自身も楽しんでいるフィオを見て、戦慄と感嘆を覚えるヴィオラであった。 (あと、ナプティリス様……野良犬でももうちょっと上品に交尾しますよ……) ◇ 恥を忍んで勃起を告白したら、ナプティリスがこちらに襲い掛かってきた。 フィオが制止する間もなく、フィオの童貞とナプティリスの処女はナプティリスの豪快な腰の一振りによって対消滅したのである。始まる前にあれだけ気にしていた様子の風情もムードも何もなかった。 そんなナプティリスは現在進行形で自分の腰の上にまたがり、高速でチンコを出し入れしている。 「トルトレイアっ、ほらッ、ベロを出せ!!キスするわよ!」 「はいっ、ナプティリス様、んっ、じゅ、じゅちゅ……」 ベロキスの間もナプティリスの高速腰振りが止まることはない。 舌が絡まるたびにナプティリスの愛液に重みが増し、白く泡立ち、粘度が高まる。 大量にあふれ、接着剤のようにまとわりつく白い粘液を剝がしてはお互いの性器に塗り込むように、1匹が腰を振り1人がそれを受け止めていた。 およそ処女と童貞のセックスではない光景を繰り広げる二人は、従者の目も気にせずお互いの体に夢中で、ベロキスの間に挟まる大きな喘ぎ声とベッドをきしませる音は、消音魔術がなければ周囲から異常事態だと思われてしまう状況であっただろう。 突如始まったこの獣のような交尾だが、フィオの心に嫌な感情は一切なかった。 まず、ナプティリス自体がかわいい。体つきもエッチ。時折放たれる魔力圧も、キレたときの母やアルマから漏れる魔力圧並みでむしろ心地いい。(ちなみに母とアルマの魔力圧は、キレていることも合わさってかなり怖い) そしてそれ以上に、"必死に愛されている"という実感が、フィオをたまらなく幸福な気持ちにさせていた。 フィオの体を必死に求めてくれるナプティリスを、尊く、いとおしく感じる。 最初に履物とパンツを破かれたのには驚きこそしたが、ナプティリスが自分を害するつもりがないのはセックスの前の態度からもわかっているし、圧に含まれる魔力の感じでもわかる。拘束腰振りで全力の腰をこちらの腰にガンガンぶつけてきていないのもその証拠だ。 処女で余裕こそなくなっているが、それでもこちらを傷つけないようにしてくれている――、フィオにとってこんなに他人から想われているのは初めての経験だった。 母や父、アルマは、他人ではなく家族だ。運命を共にしてきた家族にとってお互いを思いやるのは、フィオにとっては当然のことである。一方、他人である教会のブラザーや働き場所を与えてくれたローズにも、多大な感謝こそすれ、友愛以上の感覚を抱いたことはない。 もちろん、フィオが友愛を下にみているとか、馬鹿にしているという話ではない。 そういった本来他人の人から友愛を感じるたびに、"相手から施しを受けるだけ"としかなれない自分を意識して、手放しで喜べない自分がいたのだ。『相手はこんなに良くしてくれるのに、それに比べて自分は……』という劣等感を抱き、勝手に傷ついていたのだ。 はじめこそ、ナプティリスは娼夫としてまだ働いてもいないフィオを娼婦として認めて快く買ってくれて、緊張しないようにおしゃべりをしてくれて……、と。ローズやソレルから感じる愛情と同じ、施しに似た友愛を感じていたが。 「トルトレイアっ♡、ああッ! トルトレイアっ♡」 「んっ、んぅ……、ナプティリス様……っ」 激しすぎる交合の中、『言葉も少ないままお互いに相手を思いやったうえで必死に愛情を交換し合っている』という感覚は、アルマとフィオがお互いに向けていた穏やかな兄妹愛とはまた別のもので。 フィオの心に何か歪んだ感情を形作り始めていた。 「あっ、あっ……、ナプ、ティリス、様っ! もう、でそう、ですっ……♡」 「うんっ、もう、わたし、イッてるから! ほら、だして、だしなさい、トルトレイアッ♡」 そして最後の言葉を聞いたことで、フィオの我慢が臨界点を超える。 「ああッ……!、ナプティリス様……っ、でる、でます!!」 フィオは思わずナプティリスの腰をがっしりと掴み、自身の腰を下から叩きこんだ。 「ひぐっ!?」 最後の理性で全力の腰をフィオにぶつけないようにだけは気を付けていたナプティリスだったが、不意打ちともいえるフィオの最後の全力の一突きにより、子宮口をズンっと殴られ、放尿をともなって深イキを決める。 そのまま硬直したフィオは必死にナプティリスの腰をつかんだままで、陰茎を激しく脈動させながらぐつぐつと渦巻いていた精液を送り込み始めた。 たっぷり30秒ほど、性器以外が硬直したまま、フィオはナプティリスの子宮口へ精液を張りつかせ、ナプティリスはフィオの根本へ尿をしみこませ、お互いの股間同士で濃いマーキングを行う。 出し切るものをすべて出し切った前立腺からミッションコンプリートの信号が出て、脊髄を通ってフィオの脳内に達し――。 フィオは自身にもたれかかる柔らかな体重から愛を感じながら、ゆっくりと全身を弛緩させた。 === FILE: 小説/1章/014_その後 === 嘘が下手なくせに