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今日はアルマと一緒に、朝から教会に向かっていた。
 
角を曲がると、秋に見た鮮やかな教会とはまた違う、白い雪化粧をまとった教会の姿が見える。
 
白く染まった屋根、凍てついた鐘楼。時が止まったような静かな光景に、フィオはまるで神様がそこにいるかのような神秘的な雰囲気を感じる。
 
最近フィオは出会い酒場での仕事を忙しくしており、以前は習慣だった日曜学校にも行かなかったため、こうして教会を目にするのは久しぶりだった。
 
「この坂、ところどころ凍ってて足滑らすから気を付けて。お兄ちゃん」
 
「うん」
 
アルマは慣れた様子でたまにある凍った面をひょいひょいとよけつつ、先導するように坂を登っていく。
 
妹が自分より前に出て先を歩く様子を見たフィオは、頼もしくてうれしい反面、ほんの少し寂しい気持ちにもなるのだった。
 
 
「「「「よろしくお願いします、シスター」」」」
 
「はい、お願いします」
 
肩幅が広くがっしりとした体格の牛人族モウブルのシスター――ベラさんというらしい――にフィオたち4人が挨拶をする。
 
今日は授業参観とはいったが、なんのことはない、一日だけフィオも勉強に混ぜてもらうだけである。
 
ベラはこの教会で、こうして子供たちに神魔法行使術について教える時の担当の先生だ。
 
子供の数が多い時は複数人で教えていたりもするようだが、今日はフィオを含めても4人なので、先生は彼女一人だけのようだった。
 
「フィオくんは今日が初めてだよね?さっき、今日だけって聞いたけど、次からも来てくれるように、先生頑張っちゃうぞ」
 
少しふざけたように先生がむんっと力こぶしを作る。牛人族モウブルのベラがやると、本当に強そうに見える。
 
「先生ぇ、男の前だからってはりきってる~!」
 
「フィオくん、逃げて~、ふふふ」
 
「こらっ」
 
子供たちから軽い野次が飛んだところで、ベラが咳ばらいをして授業をはじめていく。
 
(おおっ...、プロだ...)
 
その一連の流れでフィオは、ベラの手際よく子供の心を掴んでいくプロフェッショナルな応対術を見た気がした。
 
なんだか世間に変なもまれ方をしてきたせいか、最近子供気が薄れてきているフィオである。本人は知る由もないが。
 
「みんなもフィオくんに良いところを見せられるように頑張ろうね」
 
「「はーい!」」
 
「...」
 
アルマ以外の二人が答える。アルマは恥ずかしがっているのだろうか。
 
「アルマちゃんも、大丈夫。お兄ちゃんの前だからって緊張することないからね」
 
ベラがそうアルマをフォローして授業は始まっていく。
 
「今日はフィオくんがいるから、まず実践の前に神魔法についておさらいしようか」
 
今度はフィオが乗り出す番だった。子供気が薄れてきているとはいえ、ちゃんとある。魔法の話が始まるとなるとキラキラと目を輝かせて先生の話を聞き始めるのだ。
 
「神魔法はね、光の神様への強い信仰の気持ち――”信仰の光”を魔力に合わせて使う魔法なの。だから、もともとその人が持っている魔力よりも強い効果が出やすくて、使い方によっては魔力切れを起こしにくいのが特徴だよ」
 
ふむふむと話を聞いているフィオ。
 
「それから、“身体に作用する魔法”が多いのも特徴。たとえば、脚を速くしたり、力を強くしたり、ケガを直したり。そういうの」
 
便利そうだ、とフィオは思う。神魔法を使いこなせれば、シーツ運びも石畳の掃除も楽になるに違いない。突然のケガにも安心だ。
 
「体をなにかに変化させたり、遠くのものを燃やしたりとかは神魔法じゃできません。あと、もう一つ特徴といえば、神魔法使いには男性が多いの。魔力が弱い人にも扱いやすい魔法だからね」
 
「地味だよね」
 
隣から女の子が声をかけてくる。
 
(たしか、小鳥人族シルフィアのシェラちゃん。その隣の兎人族レピンの子がエマちゃんだったかな)
 
以前日曜学校の時に一緒の机にいた気がする。
 
「そうかな?自分の力より強い魔法が使えるのってかっこよくない?」
 
「うーん、でも地味だよ」
 
「今、フィオくんがいいことを言いました」
 
二人の会話をさえぎるようにベラが続ける。
 
「弱い人でも使いやすい魔法ってだけで、もともとの魔力が高い人が使うともっと強くなれるから、強い女性の中にも神魔法を使う人はたくさんいるよ。王都の神聖騎士団なんかはそういう人たちだね。神聖騎士団、地味?かっこ悪い?」
 
(神聖騎士団……)
 
フィオにちょっと苦い記憶がよみがえる。その横ではシェラが先生に反論しているようだ。
 
「かっこいいけどさ、でも先生、神聖騎士なんか参考になんないよ。あんなすごい魔法を神魔法だけでやってるなんて信じらんない、あの人たちはもともとがすごいからそんなことができるんだよ」
 
「はぁ……、フィオくんがいたから特別に基礎をおさらいしてみたけど、やっておいてよかったわね……」
 
ベラは嘆息混じりにひとりごちて、そのまま続ける。
 
「最初にも言った通り、神魔法は信仰心の強さが魔力の限界を引き上げる特徴があるの。だから、光の神様に強い祈りの気持ちを持っている人ほど、強い効果がでるのよ。先生には神聖騎士の友達が一人いるけど、その子は私よりも魔力量が少ないわ」
 
「え~、本当?」
 
シェラは口をとがらせて、信じられない様子だ。
 
「本当。だからみんなも、光の神様にちゃんと祈りましょう。日々の糧、平穏を神様に感謝しながら、その気持ちを魔力の発露に込めるように……それじゃあ、このまま、はい集中して」
 
フィオも真似をして一緒に目を閉じる。
 
魔力の発露? ちんぷんかんぷんだ。
 
「あ、フィオくんはまず見てて。やり方わかんないでしょうから」
 
「あっはい」
 
ちょっと恥ずかしかった。
 
 
「……」
 
アルマは目を閉じて魔力の発露に集中する。
 
ベラは発露に集中している3人の様子をうかがいながら、信仰の光を上手く魔力に乗せられているかを確認していく。
 
シェラやエマはまだ拙いながらもできているようだった。ベラと少し話をしてアドバイスをもらい、そのまま続ける。
 
ベラが言うには、これを上手くやるコツは、自分の思い出を重ねることだそうだ。『神様、昨日はおいしいご飯を食べさせてくれてありがとう』『神様、先月は父を病気から治してくれてありがとう』といった具合に。
 
アルマよりあとから始めた2人にはできてるのだが――、
 
「アルマちゃん……。大丈夫、穏やかな気持ちで、心の中でゆっくりと神様に感謝の気持ちを唱えて……」
 
アルマに全くできなかった。――神を信じていないからだ。
 
そもそもアルマが神学校を目指す理由も、学費が無料ということだけ。それ以外にはない。
 
神魔法を学び始めたころ、さすがにまずいと思ったアルマは、自分なりに神を理解しようと努力した。
 
フィオが仕事をしている間、授業の合間に、読めないところを手の空いているブラザーに教えてもらいながら。最初から最後まで。
 
そこには様々な話が載っていた。光の神と開祖の奇跡、何人もの聖人たちの偉業、悪魔との闘い……。どの出来事も、この時のこれがあるから今がある、といった因果の連なりだった。
 
文字が得意でないアルマだったが、そのうち、経典だけは全文をすらすらと読めるようになっていた。読めるようになってからは、経典を借りて下宿の部屋で読み続けた。
 
(恩着せがましい……)
 
経典を読んだ感想はそれだけだった。
 
神を理解しようとすればするほど、心の中に湧いてくるのは、感謝ではなかった。怒りだった。
 
(神が私たちに何をしてくれた?神がお兄ちゃんに何をしてくれた?あの日森で人助けをしただけのお兄ちゃんに、大人たちは何をした?)
 
経典を読み込み続けた結果、アルマの神への不信はどんどんと高まっていった。
 
(これだけの奇跡を起こせるのなら、なぜお兄ちゃんを助けなかった?なぜ子供を苦しめるだけ苦しめて見殺しにする?)
 
結局、苦しみ抜いたフィオを助けたのは、母からの手紙であり、今のフィオの勤務先の主人である。神様などではない。
 
だから、アルマは神なんていないと悟った。いたとしても、そいつは人間に興味なんかない。
 
シェラとエマが簡単な神魔法を行使して勉強を続ける中、結局アルマは一度も信仰の光を魔力に込めることができなかった。
 
 
「……ごめんなさい」
 
「?」
 
教会から下宿への帰り道、アルマがそう切り出す。
 
授業が始まる前から少し様子のおかしかったアルマは授業を終えたあと、ますます居心地が悪そうにしていた。端的に言うと、今日一日ずっと元気がなかった。
 
「どうしたの?アルマ」
 
「お兄ちゃんが仕事で頑張ってくれているのに、私は……神魔法の一つも……使えない」
 
「え、僕も使えなかったよ」
 
使えれば仕事が楽になったのに……と残念がる。
 
ちなみにフィオが使えなかったのは、普通に魔力の発露がうまくできなかったためだ。そこまではベラも専門じゃないらしい。
 
フィオは俯いたアルマの様子から茶化すのはよくないと態度を改める。
 
「シスターもアルマは経典の読み込みが素晴らしいって褒めてくれたじゃない。あとはそれを理解して自分なりのコツを掴むだけだ、って」
 
アルマだってそんなことはわかっている。でもこの3カ月、授業中以外も含めて、ただの一度も発動したことがないのだ。
 
「大体、神魔法を本格的に学ぶのだって学校に入ってからでしょ?今できないのなんてあたりまえじゃないの?」
 
「……オレイラ神学校には、少しでも神魔法を使える人じゃないと入れないの……」
 
「…………………………」
 
それは、困ったことになってきた。