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自分のことを知る謎の執事と少しの時間を一緒の部屋で過ごす。
 
先ほどの会話の後、執事はフィオと一言も会話することなく目を閉じて直立不動だ。
 
たまに独り言を話すかのように、そうだ、とか何やらぶつぶつと呟いている。
 
フィオはというと、ちらちらと執事の様子を伺いながらも部屋から出るわけにもいかず、気まずい気分だった。
 
そうしていると静かな部屋にノックの音が響く。消音の魔道具があるとはいえ、ドアから発する音はそのまま響くようだ。
 
「入れ」
 
「失礼します……」
 
入ってきたのはローズとソレル。二人とも娼夫の服に着替えており、化粧をし直している。ローズはよりダンディに、ソレルは男らしさを抑えるように仕上げてきたようだ。
 
しかし、ローズの姿は緊張しつつも堂々としているのに対し、ソレルはかわいそうになるほどガチガチになっている。顔ははっきりと青ざめており、今すぐにでもこの場から逃げ出したいと言うように目線が落ち着いていない。
 
フィオがそんな二人の姿を見ていると、ローズがフィオに気づいた。
 
「?……フィオ?案内が済んだのなら出ていなさい」
 
「あっいや、それが――」
 
フィオが答えかけたところで執事が遮る。
 
「そのことだが、主人。彼には私がここにいろと命じた」
 
執事はなんでもないことかのように淡々と告げた。
 
「え、……いや、しかし彼はまだ子供で」
 
「それが?」
 
それだけ言うと、ローズへ目を向ける。またあの鋭く観察される感じだ。
 
「……あぁ、なるほど。自分の幼い頃と重ねているのか」
 
「……っ」
 
ローズにハッキリと動揺が現れる。しかしローズには折れる気配はない。
 
「ふぅ、わかったわかった。何をそんなに気にしているのか……、私たちの国では別に普通のことなんだがな。……主人と……ソレルといったか。君たち2人はそこで並んでおくように」
 
執事はやれやれといった様子でローズとの会話を打ち切ると、今度はフィオに目を向ける。
 
「私の後ろに控えていなさい。もう直にお嬢様がいらっしゃる」
 
 
しばらくして、仮面をつけたドレス姿の女の子がもう一人の執事の女性に連れられて部屋に入ってくる。案内もなしにこの部屋まで入って来られたことに疑問を感じていたが、それよりも見た目のインパクトに思考が持っていかれた。
 
おそらく素顔を見てもフィオではその素性は分からなかっただろうが、仮面をしていることからもそれなりに高い身分の人なのだろうということはわかった。あと、フィオはあまり見かけたことがなかったが、犬分種キャニデアっぽい耳と尻尾がそのまま大きくなっているような様子から、おそらく狐人族ゾーロだろうということは察した。
 
「お待ちしておりました、お嬢様」
 
「良い部屋ね。私の部屋以上じゃない?さすが、お姉さまが絶賛するだけのことはあるわ」
 
お嬢様をみて一瞬緊張をほぐした様子のローズだったが、お姉さまというフレーズを聞いてまたもや緊張が走ったようだった。
 
「お嬢様も露天風呂をお部屋にお造りされますか?」
 
「え、うーん、いらない。……あんな部屋だと落ち着かないでしょ……」
 
お嬢様はベッドに腰掛けて2人が立って並んでいる正面へと向き直る。
 
執事の話しぶりからして、そのお姉さまとやらは自宅の部屋に露天風呂をつくったようだ。このお嬢様もそれを使ったことがあるのだろうか?なんにせよ、自室に風呂を作る検討ができるくらい超大金持ちということはわかった。
 
「お嬢様、ではこちらから今夜お嬢様の封切りを担当する娼夫をお選びください」
 
(封切り?)
 
しばしお嬢様と執事のやり取りを眺めていたフィオだったが、視界の端でソレルの様子があからさまに変化したことで意識がそちらへ割かれる。
 
部屋に入って来てから一言も発さずカタカタと震えていたソレルだったが、執事の先ほどの一言でさらに震えが激しくなったようだった。
 
(ソレルさん、そんなに嫌なの……? 可愛いのに)
 
フィオと同い年か少し上くらいに見える少女は仮面で顔の上半分が見えないものの、かなり美少女のように見える。スタイルはまだこれからといった感じなのだろうが、別に太っているわけでもなく、やせすぎているわけでもない。執事とのやり取りからも、嗜虐的な様子はなく、いつも娼夫たちが話をしている『見ただけでチンコが震えて縮こまる化物女』という感じはしない。
 
ただなんにせよ、フィオからするとそうは思えないのだが、ソレルにとって彼女はその『化物女』と同等かそれ以上の存在なのだろう。
 
そんなソレルの様子を見ているお嬢様も少し不満そうだ。それはそう。誰だって初対面から自分を嫌がっている人のことを好きになどなれない。
 
「ねぇヴィオラ、娼夫はこの2人だけ?」
 
この馬人族エクアールの執事はヴィオラというらしい。そういえばさっきのことで気が動転して名前を尋ねることを忘れていた。
 
「えぇ、新年ということでなかなか繁盛しているようですね。他の娼夫たちはすでに買われたようです」
 
「……うーん、お忍びで来るのはまずかったかしら」
 
仮面のせいで感情を読み取るのは難しいが、言葉だけでも残念そうにしているのが伝わる。
 
「でしょうね。やはり、気にされなくていいのでは?」
 
「お茶会のたびに処女だって馬鹿にされるのはもうたくさん。あのお茶会で処女なの、もう私だけなんだから」
 
ヴィオラは少し面倒くさそうにしているようだ。
 
「馬鹿にはされていないでしょう? 気にしすぎでは?」
 
「私そっちのけでセックスの話に興じているのに? いちいち、『あそういえば、まだでしたわね』みたいに口をつぐむのがムカつくのよ」
 
フィオは高貴な方々のお茶会はもっと優雅な話をしているものだと思っていた。
 
「はぁ。それでは、どちらの男になさいますか?」
 
これ以上たしなめても無駄だと悟ったようで、そこで話を切ってお嬢様に選択を促す。
 
「そっちの大きな男は、お姉さまがいつも言っているあのローズでしょう?お姉さまが囲おうとしている娼夫を抱くのはちょっと。というか私、マッチョってあまり好きじゃないの……」
 
(なんと……)
 
ローズはこのお嬢様のお姉さまのお気に入りらしい。道理で赤鼻通りできゃあきゃあ騒がれるような人気があっても誰もローズを指名しようとしないわけだ。
 
「それではこちらで?」
 
ヴィオラはそういってソレルの方を手で指し示す。
 
「うーーーーーん……。そっちの人は……そんなに私のことを怖がっていたら勃たない気がするけど」
 
「ふむ、薬で無理やり勃たせるという方法もとれますが?」
 
目の前で強引な手段も検討されていることで、ソレルの震えは一層激しくなる。消音の魔道具があっても下の部屋まで響いているんじゃなかろうか。
 
「いい、いい。怖がられているって考えただけでこっちが萎えてくるわ。それにそもそも顔もなんか、微妙……」
 
一応フォローしておくが、ソレルは自己分析が少々過大気味なものの、普通にイケメンではある。普段自分でよく言う儚い系というのはよくわからないが。
 
しかしずいぶんと好みが激しい女性のようだ。話に聞く狐人族ゾーロっぽいといえばそうかもしれない。
 
「……はぁー。どっちにしようかなぁ」
 
だが好みがどれだけ激しくとも、お嬢様はその封切りとやらを今夜どちらかにお願いする必要がある様子だ。
もちろんヴィオラの様子からもそれはただのお嬢様のわがままのようだが。
 
お嬢様が嘆息交じりでローズとソレルを交互に見比べている中、ヴィオラはさりげなく立ち位置を変更した。
 
そうしたことでヴィオラの後ろに控えていたフィオをさえぎるものがなくなり、お嬢様の目線がハッキリとフィオに向けられる。
 
「ん!?……君は?」
 
なんと答えていいものか迷うが、娼夫ですというわけにはいかない。
 
「……お部屋の準備をさせていただきました、この店の従業員です」
 
「ああ、違う違う。君はここの娼夫? 男の子だよね? 年はいくつ? 君も選んでいいの?」
 
息を吹き返したかのように矢継ぎ早に質問を繰り出し始めたお嬢様にフィオが面食らっていると、ローズが会話に割り込んできた。
 
「お、お待ちください」
 
「なにかしら? ローズ?」
 
お嬢様は仮面の下のニヤついた表情をフィオに向けたまま、ローズの言葉に返答する。
 
「……この子は、娼夫ではありません」
 
「ふぅん」
 
再びお嬢様からローズへ向けられた視線に、今度は冷たさが混じる。ローズはその視線に緊張しつつも立ち向かっているようだ。
 
しかしお嬢様はローズを一瞥した後、またもやフィオに視線を戻して質問を重ねた。
 
「ねぇあなた、子供なのに新年に、しかもこんな時間まで売春宿で働いているなんて、そんなにお金が欲しいの?」
 
「……」
 
フィオは何と答えて良いものかわからずローズを見たところ、ローズは首をぶんぶんと横に振っていた。『肯定するな』という意味だろう。
 
しかし金が必要なのは本当だ。ローズの想像よりもずっと、今のフィオは金に困っている。
 
フィオは否定するべきか、肯定するべきが逡巡していたが、傍から見ればその様子は答えるまでもないようだった。
 
「ふふっ、わかりやすいわね、あなた」
 
「この男の子にするわ。ローズと……えーと、そこの人は出てっていいわよ。あぁ、ついでに飲み物を持ってきて」
 
ローズはお嬢様とフィオの間に入り込む。その背中からは極度の緊張が感じ取れた。
 
「この店の主人として、子供に売春をさせるわけには――!」
 
「……はぁ……。じゃあ、いいわ。今夜私がこの子を個人的に買うから。ここ以外の宿にいく」
 
お嬢様はイライラを隠そうともせず、もうそれでローズとの話は終わりだとばかりに一方的に告げてベッドから立ち上がると、フィオのもとへと歩いてくる。
 
近づいてきたお嬢様の顔はやはり整っていて、仮面の下からでも分かるほどの美少女だ。
 
「お嬢様、この宿以外の場所はなかなかにひどい環境だったとサレオリア様はおっしゃっていましたが、よろしいので?」
 
「えー……。……うーん、まぁいいかしら。多少汚くても。今日は気にしないことにする」
 
「承知しました」
 
少し心配する様子のヴィオラだったが、お嬢様の意志が固いことを確認するとローズにも確認を行う。
 
「主人。どちらにせよこの子を買うことは決まったわけだが……、私としてはこのままお嬢様にこの部屋をお使いいただいたほうが、悪い結果にはならないように思うぞ」
 
もうそれ以上言葉を紡げずに、折れるしかなかったローズであった。