小説/1章/001_プロローグ
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両親は自分のせいで死んだ。 現実感のない、モヤのかかった頭で、フィオは集落だった場所をただ見つめていた。 雨の中でも漂う焦げた不快な匂いと、ぬるい泥の感触だけが生々しい。 激しい雨と落雷の音があたりを飛び交う中、正面から抱き着くようにしている妹──アルマの嗚咽だけがはっきりと聞こえる。 「少年!もういくわよ!」 声をかけられ他方へ振り向くと白い鎧の人と馬がいて、手振りで荷台を示している。 声はうまく聞き取れないが、乗れということだろう。 なかなか離れようとしないアルマを支えながら荷台に上がろうとするが、泥に取られてよろけてしまう。 しびれを切らした鎧の腕に押されて倒れ込むように荷台へ上がる。 「揺れも激しいけど...、まぁ我慢しなさい。レガン市まで二刻ほどよ、荷台にしがみついてて」 板にたたきつけられた肩が痛む。 ドロドロに汚れた自身の体を起こし、服をつかむアルマの背中をさすりながら荷台の背後を見るが、もう集落はない。 もう、なにも、ないのだ。すべては自分のせいで失ってしまったのだ。 何がおこったのかは全く分かっていない...。ただ、集落の大人達、突然やってきた鎧の人たちから激しく浴びせられる怒号のおかげで、自分が何かをしてしまって、それが原因でなにかが起きたこと、そのあとに大勢の人が死んでしまったということはわかった。 ぼーっとした頭でぐるぐると考え込むが、すぐに固い荷台が跳ねる衝撃で現実に引き戻される。 アルマも同じようにビクッと反応するが、声を出すのも疲れてきたのだろう、少し抱き着く力も緩んでいる。 「おかあさん...、おとうさん......」 「...アルマ...」 アルマの背中に再び手を置き、お母さんがよく歌ってくれた子守唄を歌いながら背中をさすり続けていると、ほどなくしてアルマは気絶したように眠りについた。 「...ごめん、ごめんね......アルマ...」 ◇ フィオの家は街道沿いの集落で小さな宿をしている。山と海に挟まれた街道は交通の要所にもなっており、定期的に商隊が利用しに立ち寄る。宿屋をしている家はこの集落では珍しくない。両隣の家も宿屋で、フィオの家はごく平凡な家庭だ。 両親は優しく強い人たちだった。母はすごい魔法使いらしく、集落の誰よりも強かった。怒るとそれはもう恐ろしいのだが、理不尽なことで怒られたことは一度もなかったので、フィオとアルマも母を苦手に思うことはなかった。一方で父は魔力の弱い男性の中でも特に弱いらしく、ほとんど魔力を使えない。それでも多くの男性のように卑屈になるでもなく、必要以上にへりくだり服従するでもなく、いつも自信にあふれていて、この世に父にできないことなど何もなかった。フィオたちが母に怒られすぎないように時折かばってくれたり、怒られた意味を優しく教えてくれるのだった。平凡かもしれないが、兄妹にとって特別な両親だった。 「でね、それでね、パパがね――」 今日も母と何気ない会話をしている中で父の話題になった。父の話が出るといつのまにかノロケ話に変わるため、もうフィオたち兄妹も聞き飽きた。まだ6歳のフィオとアルマにとってそういう話には興味もわかない。話がいつもの流れに変わると、また始まったとばかりに妹はそっぽを向いて体を揺らし、うずうずとし始める。 「...早く外いこ、お兄ちゃん」 「うん」 朝の宿の手伝いは済ませたので、夕方くらいまでは外で遊べる。母の話を話半分で打ち切り、妹と外へと駆けだす。 今日もそんな日のはずだった。普段とそう変わりない日常。 この集落には様々な人が出入りする。宿に泊まる人が少ない時は村の広場で遊べるのだが、今日はいくつもの馬車や白い鎧を着た団体が村にいるのが見えたため、おとなしく森へと向かい、アルマや他の子とかくれんぼをして遊ぶ。 フィオたちは時間も忘れて遊んでいたが次第に夕方になり夜の気配が近づいてきた。村の近くとはいえ、夜の森は危険だ。家に帰ろうとした。 その時、ズンッ...と強い揺れが起きる。思わず地面に手をつくほどの揺れだった。揺れは一瞬でおさまったものの、集落が心配だったため、帰り道を急ぐ。 広場についたフィオたちを待っていたのは慌てている大人達と鎧の人達。息を切らして駆けてきたフィオたちを見た大人は、それぞれがいぶかしむ目を向けた後にすぐに驚愕の表情へと変わる。 困惑の声が広がる中、次第に怒号が混じり始める。ほどなくして大柄の女性がズンズンと歩み出てきた。集落の長だ。 「...お前っ...、なぜ...なぜお連れしたっ!!!」 全員が萎縮するような大声の叱責。 それと一緒に強いビンタを食らい、小柄なフィオは後ろへ飛ばされるように尻もちをつく。 「「きゃぁあぁああぁあ!!」」 「お前のせいだっ!!お前のせいでっ!!!」 アルマたちの悲鳴が響く中、長は他の大人に抑えられながらもフィオをものすごい形相でにらみつける。 フィオは突然のことにおびえながら長の方を見ていると、その背後にこちらへ走ってくる両親の姿が見えた。 「お、おかあさ...」 「フィ...フィオ...!?」 「フィオ...、お前は...」 フィオたちを見て顔面蒼白になって動けない母の代わりに、父は長と鎧の人に対して地面を頭にこすりつける。 「...うちの息子が、申し訳ございません...。このお詫びはなんとでも...」 「当たり前だ!!!この落とし前をどうつける気だ!!!」 長は先ほどまでフィオに向けていた憎悪の目線を父へと向けて、怒鳴りつけている。 父は何も言わずに頭を上げて震える声で絞り出した。 「...私たちの命をつかって...、時間を稼ぎます。皆様が逃げるだけの時間を...、作ります。子供たちは...まだ幼いのです...どうか...」 それがフィオが見た父と母の最後の姿だった。 フィオはその直後に大人たちに拘束され、音も光も入らない地下の倉庫へ放り込まれた。 「おとうさんっ!!!おかあさんっ!!!」 どれだけ叫んでもだれも返事をしてくれない。次第にフィオは叫ぶのも疲れた。 その後、どれくらいの時間が経ったか分からない。 暗く静かな室内に、ときおり地鳴りのような揺れが伝わってくる。雨や雷の音もかすかに聞こえる。これほど地下まで響くということは、外は嵐に違いない。 しばらく静かな時間を過ごして少し冷えた頭で考える。幼いフィオでも、時折感じる地面の揺れから今なにかとんでもないことが起きていることが分かる。それがもしかすると自分のせいかもしれないこと、それの責任をフィオの代わりに両親がとっていることは察していた。 (いったい...なにがおこってるんだろう...?僕はなにをしてしまったの...?...おとうさんは...おかあさんは...?無事なんだろうか...?アルマはどうなったんだろう...?) 心の中の問い。だれにも届くことはない。自身で必死に答えを探ろうとするがなにも分からない。今日は、いつもと違うことは一つだけあった。だがそれもフィオにとってそう珍しいことでもなかった。 眠ろうにもこんな状況では眠れず、フィオは延々と考え込む。 「.........お兄ちゃぁぁん......!!」 何も答えが見つからないまま気力が尽きようとしていたとき、扉の向こうからアルマの叫ぶ声が響いた。 「お兄ちゃぁぁん!!!!...どこぉ!!!返事して、....お兄ちゃぁあぁあん!!!!」 「...、アルマっ!!?」 「お兄ちゃん!!」 アルマはフィオの声を聞くと、扉へ駆け寄る。 アルマは手が震えているのだろうか、扉の落とし棒を外すのに苦労しているようだ。ガチャガチャと必要以上に音を立てていたが、ほどなくして勢いよく扉が開いた。 「アルマ!...外は、おとうさんたちはどうなっ――」 「お兄ちゃぁぁん!!!お兄ちゃぁあぁあん!!!!」 アルマが飛び込むようにフィオに抱き着く。妹の泣き叫ぶ声を耳元で聞いた瞬間、フィオは冷静ではいられなくなった。 そのあとはハッキリとは覚えていない。焦げた不快な匂いを感じながら地下から外へ出たフィオが目にしたのは、夜を引き裂く雷雨、大きく抉られた山、時折雷に照らされる茶色く濁った海、何もかもが焼けた集落だった。 ◇ アルマから両親を奪ってしまったのはきっと自分だ。自分がしたなにかのせいで、アルマはフィオしか頼る存在がいなくなってしまった。 天涯孤独となった二人を守ってくれる大人はもういない。 (アルマを...これから僕だけで守っていけるのかな...どうすればいいの?...おとうさん、おかあさん...) 汗と泥にまみれたフィオを朝日が照らしはじめる。 (...ごめんなさい...ごめんなさい...) 想像よりもずっと強い力で自分をつかむアルマの手を見る。同い年だと言うのに自分よりもずっと小さな手を見た時にフィオの決意が固まる。 (......アルマだけは、...これから何があっても僕が守らなければならない...もう、アルマには僕しかいないんだ...) フィオは、アルマの背中にまわした手に力を込めて、今度こそ目を閉じる。 長い夜が終わり、朝日に照らされる中、二人は揺れる荷台でつかの間の眠りについた。 ――物語は1年後、レガン市から始まる。
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