小説/1章/003_手紙
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「ああ、そうだ。フィオ君」 パンを配り終えたブラザーがトレイを置きに戻った後、もう一度フィオのもとへやってきた。 「シスターがお呼びでしたのであとで一緒に行きましょう」 「...?はい」 なんだろうか?雰囲気から怒られる感じではなさそうではあるが、一カ月前のこともあり、なにかまずいことをやったのかな...?と不安になった。 ◇ 日曜学校の最後のお祈りを済ませると、ブラザーと一緒に廊下を歩く。アルマも一緒だ。 「あの、僕なにか...?」 「ん?いえ、あなたに手紙が届いているそうですよ。教会あてに届いていたので、シスターが読んでくださり...。あぁでもフィオ君は読み書きが得意でしたね?読み上げは必要なかったですかね」 (手紙...?一体誰から??) ほどなく目的の扉へとたどり着く。ブラザーが扉をノックし、返事ののちに扉を開ける。そこは本や古い巻物が寄せられた棚と、簡素な机が一つあるだけの狭い部屋だった。日曜学校のざわめきは扉の向こうに残り、こちらは静けさのある部屋である。 「シスタービアンシュ。フィオ君を連れてきましたよ」 「ああ、ブラスさん。ありがとう」 眼鏡をかけたシスターが手元のスクロールから目を離し、指先をスイっと振ると、部屋の隅にあった山積みのワゴンの上から緑色の封蝋が付いた手紙がブラザーのもとへ飛んでくる。 「では、フィオ君。こちらを」 封蝋には翼の生えた靴の印象が施されている。手紙の差出人の署名は―――… 「おかあさんっ...!!!!?」 フィオ以外の3人がビクッとしてフィオを見る。 「...大声を出さないように」 シスターだ。 「ご、ごめんなさい」 謝りつつも、はやる気持ちをこらえきれず封蝋をパキッと折り、封筒を開けて中の手紙を取り出す。中には手紙が一枚だけで、それ以外には何も入っていない。 「読み上げましょうか?」 「いえ、読めます。大丈夫です」 ――おかあさんの字だ。目頭の奥が一瞬で熱くなる。内容よりもまず、おかあさんが生きているということがうれしくてフィオは涙があふれた。 震える指でしっかりと手紙を握り、内容に目を通し始める。 ― フィオへ お手紙を出すのが遅くなってごめんなさい。 私とお父さんは無事...とは言い切れませんが、生きています。 あなたたちがレガン市にいると知って筆をとりました。 取り乱さないで読んでほしいのだけれど、お父さんはあの時に出てきた大魔にさらわれました。他にも多くの男たちが同じように囚われているようです。 私は大魔を追い、可能であれば全員を救い出すつもりで動いています。王国にはこのことを知らせていません。あなたも知っている通り、私はあなたたちが生まれる前は魔術ギルドの仕事をしていたので、旧知の伝手を頼って動けるだけ動いています。 あの日、あなたがしたことについて。 あなたはたぶん、泣いている女の子と遊んであげただけだったのでしょう。それがどんな結果になるかは知らずに。これから先、あなたはその行動が正しかったのか自分に問い続けることになるかもしれませんね。 それでも、お母さんは母としてあなたに伝えます。男の子なのに泣いている女の子を助けてあげたあなたを、私は本当に誇りに思っています。 お父さんのことは、心配しないでください。私が助け出して、必ず大魔をすり潰します。300年前に王都を焼き尽くした大災害クラスの魔物であろうが関係ありません。必ずです。 アルマのことは、あまり心配していません。あの子はあれで賢く、したたかな子です。お母さんが生きていること、お父さんは私が必ず助け出すこと。それだけは伝えておいてください。 ただ、あなたにはまだ教えていないことがたくさんあります。それだけが今は心残りです。いいですか、女は蛇です。世の女というものは、時に恐ろしく、時に狡猾に、あなたの想像の及ばない振る舞いをします。あなたのような、あまりにもかわいい子は、一瞬で心も体も掻き回されてしまうでしょう。お母さんは心配しています!特に女の子に優しいあなたは格好の獲物です!あなた3人分くらい…… (スペースが足りないのか字がだんだん小さくなっており、ここからは潰れて読めない。紙面の端にかかれた最後のフレーズだけが、かろうじで読めた) 愛を込めて、 お母さんより ― (本当に、おかあさんだ...) 全く疑っていたわけではないのだが、自分の言いたいことがある時に話が止まらなくなるところが完全におかあさんだった。 フィオは涙が止まらなかった。声も上げずに泣いていた。 生きている。 フィオのせいで死んだと思っていた両親は、生きている。フィオが抱えていた孤独感や静かな絶望が溶け、幸せな気持ちがあふれる。 アルマは読み書きが苦手なため、隣で一緒に手紙に目を通してはいたが、内容までは分かっていなかったようだ。 「うっ....ぐぅっ....ふっ、...ふぅっ...!」 はやくこのことをアルマに伝えたいのに、声がうまく出せない。呼吸がしづらい。 「...お、お兄ちゃんっ、...大丈夫、大丈夫だよ、落ち着いて...!」 アルマに背中を支えてもらいながら、必死に伝える。 「アルマ、アルマぁ...」 「...うん、うん。大丈夫だよ」 いつもと逆転したようだ。頼りのないお兄ちゃんでごめん。 「...おかっ、おかあさん、生きてたよ...!...おとうさんも、生きてるって...!おかあさんが絶対に助けるってぇ...!」 フィオは言葉にならない嗚咽をこぼしながらも、何度も何度も「生きてる」と口にした。 アルマはそのたびに「うん」と短くうなずき、泣いている兄の手を小さく握り返していた。 やがてフィオの呼吸が少しずつ落ち着いてきたころ、アルマは兄の胸に顔をうずめながら小さな声で言った。 「……よかったね、お兄ちゃん」 「...うん、ありがとう、アルマ」 ――パンっと手を叩く音でハッとする。 「...まぁあの。続きはあなたたちのお家で、ね...?」 シスターは手を叩いたポーズのまま苦笑いを浮かべていたが、その目にはどこか安堵と慈しみの色があった。ブラザーは嬉しそうにニコニコとしている。 ブラザーはしばし様子を見た後、片膝を地面についてフィオたちと目線の高さを合わせる。 「フィオ君。きみはとても勤勉であり、善行を率先して行う、とてもよくできた少年です。光の神は隠れた行いにこそ光を当てて見てくださっているものです。これからも絶えず善行を積みなさい。それが、きみのこれからの道を明るく照らす光となるでしょう」 フィオはもうちょっとだけ、その部屋で泣く時間をもらった。 ◇ 陽はすでに傾き、教会の坂を朱く染めていた。 「あなたの行く末を光が照らしますように」 シスターとブラザーに見送られて教会を後にする。 来た時とおなじように私とお兄ちゃんは手をつなぎ、二人でゆっくりと坂を下る。 お兄ちゃんはいつもよりも機嫌がよさそうで、一カ月前までのこどもっぽい姿が戻ってきたようだった。 ――あのあと、廊下に出てすぐ、お兄ちゃんが手紙の内容を読み聞かせてくれた。お兄ちゃんはもう泣き止んでいたけど、ひどい鼻声で聞きづらかった。 正直言うと、まぁ母さんは心のどこかで生きていそうだよなとは思っていた。あの時は気が動転していて、母さんも父さんも死んだとばかり思っていたが、あの母さんが魔物なんかにやられて死ぬわけがない。父さんに関しても母さんが近くにいて、むざむざと父さんを見殺しになんかするわけがない。 私は、この一カ月、お兄ちゃんがお兄ちゃんでなくなっていくことのほうがずっと怖かった。 お兄ちゃんはずっと自分を責め続けた。両親のこと、集落のこと、国の偉い人たちからも責められ続けて、私の責任まで自分一人で背負って。 どうすればいいのかわからなかった。―きっと母さんたちは生きてるよ―なんて、そんな無責任な言葉は死んでも口にできなかった。 気づけば私はお兄ちゃんから離れることができなくなった。どこかへ行ってしまいそうな気がして。私が捨てられることを心配していたのではない。お兄ちゃんが自分の命を諦めるような気がしてたまらなかった。 優しくて儚げなお兄ちゃんは、...繊細ではないものの...、こう、そういう雰囲気があるのだ。香油の香りのような。気づいたら消えている。 結局、私は兄に頼りきりの無責任な妹になることでしかお兄ちゃんをつなぎとめることができなかった。お兄ちゃんの負担には目をつぶって。 それが全部、母さんの手紙一つで。全部解決した。お兄ちゃんの心は持ち直した。 ...心底悔しかった。 そばにいる私は何の力になった? 掃除用具入れの埃と変わらない。いや、迷惑をかけていないぶん、埃のほうがましだ。 私がやっていたことは結局お兄ちゃんの重荷になることだけだった。 (母さんは、私を“したたかで賢い”って書いてたみたいだけど) 私は...卑怯者だ。 胸の奥が、ぐつぐつと煮えるように熱くなる。 悔しさと、自己嫌悪、いろいろなものが混じっている。 いままで自分に向けていたものとは違う、強い怒りが胸に宿る。 (……もう、頼りきりの妹ではいられない…) (私がお兄ちゃんを守る) アルマは、全身の血がすごい速さで巡りはじめたような感覚を覚える。 異様に冴えわたる頭で、カチリ、カチリと、これからのことを一つずつ考え始めた。
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