小説/1章/004_うーん
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「うーん...」 (お金が足りないよ...) フィオは新たな問題に直面していた。 ◇ 3日前、アルマとおかあさんの手紙をみたあと、アルマは下宿の掃除道具入れにこもって外へ出なくなった。 「おーい、アルマ?」 声をかけても上の空。ひつじ雲でも見ているのだろうか?かれこれずっと窓から空を眺めている。 今までは仕事の時以外はどこへでもついてくるようにしてたのに。まぁ何らかの心境の変化でもあったのだろう。 (おかあさんはアルマのことあまり心配してないって書いてたけど、それですねた?...ふっ、まだまだ子供だなぁ) 手紙で号泣していた自分のことは棚上げである。 「アルマ、お兄ちゃんが――」 「ちょっともう、うるさい!黙ってて!」 アルマにもかつての母と同じような恐怖を感じたフィオは、そそくさとでかけるのだった。 ◇ 市庁舎にやってきた。 入口のおじさんに目的を告げ、奥のカウンターへ通してもらう。 フィオは職探しに来たのだ。レガン市で2人でこれから―少なくとも母が大魔をやっつけるまで―生きていく必要がある。 これまでは露天商や近所の酒場で日雇いで働かせてもらったりしていたのだが、どこから噂されたのか、フィオのあのことがじわじわと広まるにつれ、断られることが増えてきているのだった。 できればちゃんとした雇い主の元、ちゃんとした仕事にありつくことが、今日の目的だ。 「あ、あぁ~、これは、厳しいねぇ...」 カウンターのおじさんは葦のペンでトントンと眉間を叩き唸っている。 「ダメ、でしょうか...?あの、実家では宿の手伝いもしていたので読み書き計算も得意です!」 「う~ん」 おじさんは困ったようにしばし目を閉じた後、ハッキリと言い放つ。 「能力的な問題ではなく。雇用主への紹介は難しい、かな」 フィオも今の状況からどこかへの就職が厳しいことはうすうす分かってはいた。 困った様子のフィオに、おじさんなりの解決策を教えてくれる。 「...仕事、といえるかは微妙だけど。市が主導するボランティア活動への参加とそれに対する見返り、という形なら少しお給金を出すこともできるよ」 「報酬と仕事の内容を教えていただけますかっ!?」 「あ、あぁ。いろいろあるんだけど、割と高額で毎日やっているものだと...路地清掃などがおススメだね。正午から日暮れまで好きな時間で。上限が15リルね」 (...たった、15リル...) 現在の主食のキャベツが大体24リルであるため、2日分の賃金でキャベツ一玉という具合になる。いくら何でもギリギリ過ぎる。 「...もうちょっと、いい仕事を探します。また来ます」 「えぇ、まぁ無駄だと思うけど...頑張って。...コホン、あなたの行く末を光が照らしますように」 フィオは掲示板などもくまなくチェックはしたが、結局すべて“紹介状必須”や“正規身分証明書の提示”といった文字に行き着き、虚しくなった。 結局何も収穫を得ないまま市庁舎から出たのであった。 (あ、キャベツ...) 仕事はなくとも腹は減る。 「まいど!」 二人のなけなしの生活費から露店のおじさんに24リルを払う。もう貯金の残りも100リルを切っている。 フィオは大きく溜息をついた。 ◇ 「ただいま~」 「あっおかえり、おにいちゃん」 「うわぁ、びっくりした...!」 アルマから普通に返事がもらえるのなんてそれこそ一カ月ぶりぐらいだった。レガン市へ来てからというものの、ふさぎこんでいるかぼーっとしている時しかなかったので。 「...失礼だね?」 「いや、まぁ元気になったのならよかったよ!驚いちゃってごめん」 アルマは何か言いたそうにもじもじとしている。目線をそらして口を開いては閉じ、開いては閉じ、なにかを逡巡している様子だった。 「...とりあえずご飯、作ってくるね。待ってて」 「あ、待って。私も行く」 二人で部屋から出て一階へ。この時間はストーブ代わりにしているパン焼き窯に火だけが入っている状態なので、小さな手鍋を借りて、丸椅子に乗り、パン焼き窯の上でお湯を作る。 「アルマ。お塩ちょうだい」 塩の小袋―ここへ来て一週間ほど経った頃、あまりにも味気ない食事に同情した女将さんが分けてくれた―から、ひとつまみだけお湯に入れて、先ほど買ってきたキャベツの葉を剥いてお湯に入れていく。 これでキャベツがくたっとしたらフィオ特製のキャベツスープの出来上がりだ。 久しぶりにアルマとちゃんと話せた気がして、つい嬉しくなって、いつもより葉をたくさん入れてしまった。 「あのね、お兄ちゃん」 「?」 「私、学校へ行こうと思うの」 アルマの唐突な告白にびっくりした。びっくりしすぎて鍋を落としそうになった。もちろん驚いたのは内容に対してだ。 「...えっと...、アルマ...。部屋で、ゆっくり聞かせてくれる?」 「うん、聞いてほしい」 (...、...アルマが...学校?勉強嫌いのアルマが...?それに、今こんな貯蓄で学校になんてとても...) フィオの頭の中で様々な計算がぐるぐると動き、冷汗が止まらない。あれにもお金、これにもお金。さっきキャベツの葉を多く入れたことに早くも後悔し始めたフィオである。 大きな木彫りの器を借りて、震える手でスープを鍋から移す。一滴も無駄にならないように丁寧に。手鍋がこんなに重く感じるのは初めてである。 「お兄ちゃん、大丈夫?」 アルマに心配されながらもスプーンを二つ借りて、部屋へと戻る。スープの入った大皿はアルマが持ってくれた。 ◇ 「で、あのね。学校の話なんだけど...」 「うん」 お兄ちゃんは私の話に動揺していたが、まずは聞いてくれるようだ。 「考えたんだけど、このままじゃ私もお兄ちゃんもまともな仕事につけない」 1からすべてを説明する。頭のいいお兄ちゃんなら、きっと分かってくれる。 「私は読み書き計算が苦手。帳簿とかを管理する能力もないし、誰ともすぐトラブルになるから普通の仕事だとよくてクビ、ひどいともっとやばいことになるかもしれない」 「いや、そんなことは...」 「あの母さんの娘だよ?」 「あっ、うん...」 よし、まずはここまでOK。 「次にお兄ちゃん、お兄ちゃんが今の身分のままだと、二人が生きていくだけのお金を稼ぎ続けるのは難しいって、分かるよね?」 「...」 お兄ちゃんはスープの器を見ながらゆっくりとうなづいた。 ...苦しい...、しかしここは二人の未来のためにもハッキリとさせなくてはならない。 「二人とも、この体のままじゃいられない。大きくなっていったときに、キャベツスープだけじゃ生きていけない」 「...ごめ――」 「違う、謝ってほしいんじゃないの。話、続けるね?」 謝りそうになったお兄ちゃんを手で制し、話を続ける。 「私はお兄ちゃんのキャベツスープ、好きだよ?」 フォローは忘れない。私はお兄ちゃんの心を壊すためにこんな話をしているわけではない。 キャベツスープをすする。ひどく薄味のスープで、温まること以外に美味しさは感じられない。 「そう、だね。...二人ともこの大きさのまま生きてはいられないよね...」 あまり頑固じゃないところはお兄ちゃんのいいところの一つだ。 「うん、それでね、お兄ちゃん。オレイラ神学校ってわかる?」 「...オレイラ、神学校?」 「女将さんに聞いたんだけどね。教会が教えてる魔法学校があるんだって」 「へぇ」 「私はね、そこで勉強して賢くなって!魔力での戦い方を身に着けて!お兄ちゃんを連れてこの街を出て、母さんたちのところへ駆けつけるの。旅の間もお兄ちゃんに苦労なんてさせないよ」 お兄ちゃんはポカンとこちらを見てる。 「だけどね、そこまでにはちょっとだけお金が必要なんだ...」 「だろうね...。ちょっとどころじゃないと思う、けど」 「うん、お兄ちゃんには私が入学するまでの間、私が勉強できるように...生活費を稼ぐのをお願いしたいの。あと、教会の先生に支払う謝礼金も必要になるから、それも、なんだけど...」 「え?...いや、それだけじゃないでしょ?学校の費用とか...」 お兄ちゃんの雰囲気から緊張しているのがわかる。ここでこれだ。 「オレイラ神学校はね、教会への寄付で先生たちを雇ってるから学費が無料、寮も借りられるし、そこもタダ。しかも食事までもらえるみたいで」 「えっ?うそ」 私がこの話を聞いたときと同じ反応をするお兄ちゃん。 「ほんとらしいよ!女将さんから聞いた」 「えぇと、...それ、本当に?詳しいね、女将さん...?」 「ちょっと前までそこでご飯作ってたんだって...」 これには私もびっくりした。 ――話せることはもう話した。あとはお兄ちゃんの返答だけ。 お兄ちゃんはしばし考え込んだ。 大丈夫だろうか。良いって言ってくれるだろうか。でも、これが私が考え抜いた、今の私たちにできる最善だ。 お兄ちゃんには、もう少しだけ、これまで以上の負担がのしかかることになる。けれど、これ以上は、もう、求めない。 このお願いが通っても、通らなくても。 お兄ちゃんに甘えるだけだった私のままでは、もういられない。 もし、お兄ちゃんが私を信じてくれるなら。 その時は、あと少しだけ。あとほんの少しだけ、甘えさせてほしい。 「.........」 「...」 沈黙が続く。スープも冷めてしまった。 顔を上げたお兄ちゃんは私の目を見て微笑んだ。 「二人で頑張ろう、アルマ」 「っ!...お兄ちゃん!」 「でも、入学までのアルマの計画をもっと詳しく教えてほしいな」 そのあと、冷めたスープを二人で飲んだ。器を片づけて部屋に戻る。 服を脱いでお互いの体を拭きあっている間もお兄ちゃんからの質問は途切れなかった。そのあと久しぶりに二人で一つのシーツにくるまって、寝てしまうその瞬間までおしゃべりは続いた。
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