小説/1章/012_君の名前は
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それからローズとソレル、もう一人の執事の女性が退室したあと、部屋の中はお嬢様とヴィオラとフィオの3人だけになる。 お嬢様はその様子を無言で眺めた後、服を脱いで(下に着ていたのであろう)ナイトドレス姿になると、一息ついて仮面を外す。 仮面の上からでもわかっていたことだが、やはりかなりの美少女だ。まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちだが、これからどんどんと美人に成長していくだろうことは想像に難くない。 そしてこれもやはりというべきか、その顔に見覚えはなかった。高貴な身分の方なら、もしかすると顔を知っている可能性があったが、向こうが知らない時点で大体予想はついていた。 お嬢様が脱いだ服と外した仮面をヴィオラが受け取り、下がる。しかし部屋の外までは行かずに室内で待機をするようだった。 (......?) このままそこに居続けるのだろうか?とフィオが不思議がっていると、ふとお嬢様の方からねっとりとした視線を感じる。 お嬢様はベッドに腰かけ、ニヤついた顔で、フィオの姿を頭のてっぺんから足先まで――股間当たりを特に重点的に――じろじろとみている。 「ほっ、ほら!こちらにきなさい」 十分な時間をかけてひとしきり眺め終わった後、お嬢様は自分の隣をポンポンと叩く。座れということでいいだろう。 「失礼します」 フィオは一言だけ発して、お嬢様の隣に腰掛ける。 「ふぁ......、いい匂い......」 お嬢様が小声でつぶやく。隣に密着しているので丸聞こえだが、自分から感想が漏れたことにも気づいていないかもしれない。フィオの匂いをすんすんと嗅いでいる。 いつも出勤するときにトルトレイアの花の香油を付けているので、その香りを気に入ったのかもしれない。 フィオはフィオでアルマ以外の女の子と密着した経験などなかったため、隣の女の子が発する女子の匂いにドキドキしてしてしまう。 「あ、そういえば。僕、初めてなんです。なので......その、失礼があったらごめんなさい」 経験が浅かったことによる失敗談は、店の娼夫たちからもたくさん聞いていたので、ここは先にしっかりと伝えておかなければならない。 「はっ、はじめて!?......あ、え、と、娼夫として働くのが?ってこと?だよね?」 「あの、どちらも、です。娼夫もですし、......セ、セックスも」 「......」 お嬢様はフィオの言葉にピシリと時を止めた。フィオはというと、恥ずかしい宣告をさせられたことで顔を赤くしてそむけている。 「ご、ごめんなさい。一生懸命頑張りますので」 「ううん、いいのよいいのよ!全然心配しなくていいの!全部私が頑張るからね!任せておいて!」 (よかった......。嫌がられてはいないみたい) 顔の赤みが少し落ち着くまで待ってからあらためてお嬢様の顔を見る。 クリっとしていて鮮やかで綺麗な緑の瞳――所在なさげにあちこちを動き回っている。先ほどから指でいじいじちょんちょんと触っている髪は、肩のあたりに整えられてサラサラ、毎日きちんと手入れされているのだろうということがわかる。 (やっぱり、綺麗だ) フィオがしばらくお嬢様の顔をじーっと見ていると、お嬢様から声がかかった。 「あー、そういえば、えーと、さっきの娼夫は......その......私のことをずいぶん怖がっていたみたいだけど?」 先ほどローズを前にしていた時の自信はどこへやら、どもりながら突然雑な会話を振ってくるお嬢様。 (謝ってほしい、ということでいいのだろうか?) 内容からしておそらくソレルのことを指しているのだろう。本人的にはどうしようもなかったとは思うが、確かにあれは失礼な態度ともいえる。 「そうでしたね、当店の娼夫が大変失礼をしました......。不快な思いをさせて申し訳ございません」 「あっいや、その。違う違う、怒ってないわ!全然大丈夫!」 (???) 意味が分からず、不思議そうにするフィオ。その様子を見てお嬢様は質問の仕方を変える。 「あ、あなたは......女が......、私が、怖くないの?って聞いてるの」 なるほど、とフィオは理解した。 「はい、怖くありません」 嘘ではない。自分でもどうなるのかわからなかったが、今のところ怖くない。 「......でも、少し緊張はしています。落ち着いて、まずはゆっくりお話でもしませんか?」 これも事実。フィオもはじめての娼夫仕事のため結構緊張している。 そしてフィオが緊張している原因の一つには、この目の前のお嬢様の情緒不安定な様子にもあるため、お互いのためにもまずは緊張をほぐす目的で会話をしようと提案する。 これも店の娼夫から聞いたテクニックだ。 「そっ、そうね」 あちらに会話を任せていてはさっきのようにとっちらかる気がしたため、落ち着くまではフィオから会話を振ると決める。 「まずは、そうですね、お互いの名前もまだ知りません。簡単に、名前だけでも自己紹介をしませんか。......、えー......」 しかしフィオは自分で言っておきながら、一瞬考え込んでしまう。 ここで突然だが、ローズとソレルはどちらも偽名である。というより源氏名という表現の方が正しいだろう。娼夫たちは本名で働いているわけではない。 しかし、今日ここにいたるまでフィオは娼夫として働く予定などなかったため、自分の源氏名など考えていない。 と、ふとそこで、最近よく目にしていた名前で名乗ることに決めた。 「僕はトルト...レイアといいます」 香油の花の名前だ。名前負けしているようで少し恥ずかしい。 視界の端でヴィオラがくすっと笑うのが見えた。 「トルトレイア......、素敵な名前ね」 お嬢様は顔を赤くして視線をフィオの斜め下あたりで泳がせまくっている。 「お嬢様のお名前も、お聞かせいただけますか?」 「わ、私は、ナプティリスよ......。この部屋では好きに呼んで頂戴」 こうしてナプティリスとトルトレイアの夜が始まった。 ◇ (やばいやばいやばいやばいやばいやばい......!!) ナプティリスは内心おだやかではなかった。 チラリと顔を見るとニコっとこちらへ笑みを返してくれる男の子。 (トルトレイアくん、かわいすぎる......、しかも) 0.3秒も見ていられない。目が合った瞬間、彼の足元へ目線を下げる。 (今から私、この男の子を抱くの?マジで?) 最初この部屋で2人の娼夫を見た時はかなりがっかりしていたナプティリスだが、ヴィオラの後ろに隠れていたトルトレイアを見つけたときからテンションは爆上がりだ。 (......しかも、童貞......!) さらにこれにも驚いたものである。まさかこんなお宝がいたとは。秘められた財宝を手にした冒険者はこのような気持ちだったのだろう。 と、そんな感じで考えていたところにフィオから声がかかる。 「ナプティリス様、なにか飲まれますか?」 あなたの唾液を飲ませて頂戴――なんておばさんくさい冗談が頭をよぎるが、決してこの男の子に引かれるわけにはいかない。 「お、お酒をもらえるかしら」 トルトレイアは「はいっ」と軽やかに返事をして、いつの間にかヴィオラの近くのテーブルに用意されていたワインとグラスを取りに向かう。 その背中を穴が開くほど凝視していたナプティリスだが、ヴィオラが視界に入ったことで少し冷静さが戻る。 今は一応、トルトレイアが飲み物になにかしないかなどを観察しているのだろう。 (そうね、トルトレイアくんと二人っきりじゃないから大丈夫......!落ち着くのよ......) 彼女はあくまで護衛だったり、ナプティリスのセックスが本当に行われたかどうかを確認するためにここに残っているので、ナプティリスを落ち着ける目的でこの部屋にいるわけではないのだが、思わぬ形で役に立っているようだった。 「お待たせしました」 トルトレイアがグラスを2つ持ってこちらへやってくる。ワインと、おそらく果実水。果実水はトルトレイアのものだろう。 こういう時は娼夫と一緒にお酒を楽しむのがマナーとお茶会知識で得ていた(ワインを頼んだのも実はこれが理由だったりする)ので、興味本位で尋ねてみる。 「君はお酒は飲まないの?」 「えぇ、『勃ちが悪くなる』と先輩方から聞いていまして」 「......ふ、ふぅ~~ん」 男の子の口から『勃ち』などとセンシティブワードが飛び出したことでまた鼻の穴が広がってしまう。それになんだかお茶会メンバーよりもさらに深い知識を知れたような気がしていい気分だ。 (エッロいな......。男のくせにもうセックスのこと考えてるの?) ちなみにナプティリスはずっとそれを考えている。 「僕もお酒を飲みましょうか?」 「ううん、わ、私も果実水にするわ」 トルトレイアはくすっと笑うと、持っていた果実水のグラスをナプティリスに渡し、テーブルの方へ飲み物の交換に向かう。 (......) ナプティリスは今度はその姿を目で必死に追いかけることをしていない。 いまさらながら彼を視界に入れていると集中できないことに気づいたので、目を閉じ、その灰色の小さな脳細胞を活動させて、どうやってセックスまでのムードを高めるかを考え始める。 「お待たせしました」 (早いって――) 考える間もなく、果実水のグラスを持ってきたトルトレイアが再び横に座る。 「あのー、えー、そのー......」 「?」 トルトレイアは首をかしげている。 (乾杯だわ、なにか、なにか言わなければ!......『今日の素敵な出会いに』とか、なんかそういう......) このままでは何も思いつかず、なし崩し的な雰囲気でセックスを始めるかもしれない。それはそれでありかもしれないが、ちょっと嫌ではある。 「......。......それじゃ、乾杯しよっか」 しかし結局いいセリフも思いつかないまま乾杯。2人で軽くチンとグラスを合わせて果実水を飲んだ。 (......ふぅ) 極度の興奮と緊張と間違った知識により、先ほどから空回りしている自覚はあり、ちょっと落ち込み気味のナプティリス。なかなか思うようにエッチなムードを作れない。 (なんか、悔しいな......。......でも、うーん、どうするか) ゆっくり果実水を飲みながらトルトレイアの攻略ルートを考える。 (あんまがっついてるって思われるのもなぁ......) それは手遅れであろう。 そうしていると、気づけば彼が隣でちょっと前かがみになっていることに気づく。少し気まずそうな雰囲気も感じる。 「?......ど、どうしたの?大丈夫?」 「え!えぇ、ごめんなさい。大丈夫、大丈夫です」 「大丈夫じゃなさそうだけど」 ふと、トルトレイアの下腹部あたりに視線を落とすと、股間に立派なテントがはられているのを見てしまった。ナプティリスは初めてみる男の勃起に衝撃を受ける。 トルトレイアもナプティリスにバレたことが分かったようで、もじもじし始めた。 「はしたなくて......、ごめんなさい。......そのナプティリス様とくっついてると、あの、体が勝手に反応しちゃって」 (......、......!!............!) 頭の中で言葉にならない思考が激しく飛び交う。 「ナ、ナプティリス様が、その、可愛くて。今からこんな人とできるんだと思うと、その......」 ナプティリスのなにかがはじけた。
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